第5話孤独な始まり
クラリティはガルフストリーム公爵との結婚式を終え、公爵邸での新しい生活が始まった。しかし、その結婚生活は最初から冷え切っていた。形式的な結婚――それは彼女が承諾した契約の内容通りのものだったが、実際にそれを日々体感すると、思っていた以上に孤独で苦しいものだった。
式の翌日、ガルフストリームは早朝から公務に出かけ、夜遅くまで戻らなかった。彼は形式的に挨拶をするだけで、結婚した妻であるクラリティとの会話はほとんどなかった。クラリティが夕食の席で話題を振っても、彼の答えは簡潔で、すぐにその場から立ち去る。彼女の前には、豪華な食卓と、食事をともにする相手のいない長い時間が残されるだけだった。
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新しい環境での孤独
結婚後、クラリティは社交界に顔を出すべきだという助言を受けたが、彼女にはその気力が湧かなかった。以前の婚約破棄の噂はまだ消えておらず、公爵夫人として出席する場で冷たい視線を浴びることを想像するだけで心が萎えた。彼女は邸内で過ごすことを選び、昼間は本を読んだり、趣味の刺繍に時間を費やした。しかし、その静寂は時に耐えがたいものだった。
広大な邸宅には使用人たちがいるが、彼らもまたガルフストリームに倣い、距離を置いた態度をとる。夫人として敬意を払ってくれるものの、誰も彼女に親しげに話しかけることはなかった。結婚後に与えられた豪華な部屋も、彼女にはどこか冷たく感じられた。装飾品や家具のどれを見ても、それが自分のために選ばれたものではないことを痛感させられたからだ。
「ここは、私の居場所ではない……」
彼女は大きな窓から外を眺めながら、そっと呟いた。
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孤独な夕食
ある夜、いつものように一人で夕食を取っていたクラリティは、使用人が持ってきたメモに目を通した。そこには、ガルフストリームからの簡単なメッセージが書かれていた。
「本日も遅くなる。休息を取るように。」
その冷淡な一文に、クラリティは軽くため息をついた。彼女は何も言わずにメモをテーブルに置き、手を合わせて祈るように目を閉じた。
「何を祈ればいいのかすら分からないわ……」
食事を終えた後、クラリティは屋敷の庭に出た。夜空には満天の星が広がっている。静寂に包まれた庭園の中で、彼女は自分がどれほど孤独なのかを痛感した。新しい生活を始めたはずなのに、心には何も満たされていない。それどころか、以前の生活よりも深い孤独に陥っているように感じた。
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ガルフストリームとの距離
ガルフストリームは、夫として最低限の義務を果たすだけで、彼女に興味を示そうとはしなかった。形式的な会話や事務的な用件を話し合う以外に、彼と目を合わせる機会はほとんどなかった。時折、彼が邸内で過ごす日もあったが、そのときも彼は書斎に籠り、仕事に没頭していた。
クラリティが意を決して声をかけると、彼は冷静に答えるものの、すぐに話を終わらせようとする。その態度に彼女は傷つきながらも、感情を表に出すことはしなかった。契約に基づく関係である以上、彼に何かを求めることはできない。それが分かっていたからこそ、彼女は自分の気持ちを押し殺し続けた。
「こんな生活が続くなら……私はどうすればいいの?」
クラリティは夜になると一人で涙を流すことが増えていった。誰にも頼れない生活の中で、自分を支えるための答えを見つけることができず、ただ時間だけが過ぎていく。
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小さな希望
そんな日々の中、彼女はふと、結婚前に彼が口にした言葉を思い出した。
「お互いに干渉しない自由を与える。それがこの結婚の条件だ。」
その言葉は当初、彼女に冷たく響いたが、今は少し違う意味に思えた。干渉しないということは、逆に言えば、彼女自身の人生をどう作るかは彼女次第だということだった。形式的な夫婦関係に縛られてはいるが、それが彼女の行動を制限するわけではない。
「私は、私自身のために生きるべきなのかもしれない。」
そう思った瞬間、クラリティの心にわずかながら希望の光が差し込んだ。ガルフストリームに頼らずとも、自分自身で生活を作り上げることができるのではないか――その可能性に気づいた彼女は、次の日から少しずつ行動を変え始めた。
まずは邸内の隅々を歩き回り、普段は見向きもしなかった庭園や客間の装飾品に目を向けた。そこに息づく職人たちの手仕事や歴史を感じ取ることで、自分のいる環境を少しずつ受け入れられるようになった。そして、使用人たちとも無理のない範囲で会話を試み、彼らの仕事や日常について質問を投げかけた。使用人たちも最初は戸惑っていたが、次第に彼女の人柄に心を開き始めた。
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新しい始まりの兆し
形式的な結婚という枠組みは変わらない。しかし、クラリティはその中でも自分らしい生活を見つけようと決意した。孤独を感じるたびに、それをただ嘆くだけでなく、自分の力で埋める努力を始めたのだ。
「私がこの家でできることを見つけてみせる。」
冷たい夫婦生活の中でも、小さな希望を見出したクラリティ。その決意が、やがて彼女の未来を大きく変えるきっかけになるとは、この時の彼女にはまだ知る由もなかった。
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