第3話 婚約者の高笑い
クラリティは婚約破棄の噂が広まったことで、社交界での地位が地に落ちたと痛感していた。街に出るたび、蔭口や嘲笑が彼女を追いかける。特に、元婚約者であるリーヴェントン・グラシアの態度は彼女をさらに傷つけた。
ある日の午後、クラリティは街で偶然リーヴェントンと新しい婚約者である侯爵家の令嬢エリシアと出くわした。二人は親しげに腕を組み、周囲の注目を一身に集めながら歩いていた。人々は微笑ましいカップルを祝福するように見つめ、その一方でクラリティには冷たい視線が注がれる。彼女はその場から逃げ出したい気持ちを抑え、毅然とした態度を保とうと努めた。だが、リーヴェントンの冷たい笑みが彼女を逃がしてはくれなかった。
「これはこれは、クラリティ嬢。久しぶりだね。」
彼はわざとらしく礼儀正しい口調で話しかけてきた。その声には明らかに嘲笑の色が含まれていた。エリシアは意味ありげに微笑み、クラリティを見下すように目を細めた。
「お久しぶりです、リーヴェントン様。お幸せそうで何よりです。」
クラリティは内心の動揺を隠しながら、できるだけ落ち着いた声で答えた。だが、その言葉に対して彼は鼻で笑い、腕を組んだまま口元を歪めた。
「そうだろう?エリシアといると、まるで天国にいるような気分だ。君と違って、彼女は知性も教養も申し分ない。それに、美貌も……ね。」
その侮辱的な言葉に、クラリティは心の中で怒りと屈辱が渦巻くのを感じた。彼がこれほどまでに冷酷な男だったとは思わなかった。だが、ここで感情をあらわにしては、彼の思う壺だと理解していた。
「素敵なご関係ですね。どうぞ末永くお幸せに。」
そう言って微笑みを作り、頭を下げると、クラリティはその場を立ち去ろうとした。しかし、リーヴェントンはそれを許さなかった。
「ところで聞いたよ、君が公爵家のガルフストリームと結婚することになったそうだね。」
彼の声には皮肉が込められていた。クラリティは足を止め、振り返らずに答えた。
「ええ、そうです。ご存じだったのですね。」
リーヴェントンは声を上げて笑った。その笑いは周囲の人々を振り返らせるほど大きく、耳障りだった。
「君があんな冷たい男と結婚するなんて、さぞ面白い夫婦になるだろうね。愛のない形式的な結婚がどれほど虚しいものか、すぐに分かるだろうさ。」
その言葉にクラリティは背筋を凍らせた。彼の言う通り、ガルフストリームとの結婚は形式的なものだった。だが、それを嘲笑する彼の態度に、彼女の中で何かがはじけるような感覚があった。
「リーヴェントン様。」
クラリティは振り返り、彼を真正面から見つめた。彼女の瞳には涙の跡も動揺もなかった。ただ、静かな怒りと決意が宿っていた。
「私は形式的な結婚でも構いません。それでも、自分を捨てた方よりは、誇り高く生きられると思っています。」
その言葉にリーヴェントンは一瞬動揺したように見えたが、すぐにその表情を取り繕った。しかし、周囲の人々がその言葉にどこか感心したように頷いているのを見て、彼の顔にはかすかな苛立ちが浮かんだ。
「ほう、強がりが上手になったな。」
彼は嘲るように言い残し、エリシアと共に歩き去った。
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リーヴェントンと別れた後、クラリティは静かに公爵邸へと向かった。ガルフストリームとの契約は、彼女がこれからの人生で背負う新たな枷だった。だが、リーヴェントンの嘲笑に対して自分を保てたことで、彼女の中には少しだけ誇りが戻ってきた気がした。
「形式的な結婚でも……私には私のやり方がある。」
彼女は心の中でそう呟き、次第に湧き上がる決意に自分を奮い立たせた。これから先、どれだけ冷たい現実が待っていようとも、彼女は自分自身を失わないと誓った。ガルフストリームとの結婚は、彼女が未来を取り戻すための新たな第一歩だったのだ。
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