06 結界は炎の結晶

「朱のマジシャン、本気だすモード」

「な、なあにソレ?」

「まずは火炎魔法をドンッ」


 なんとや。

 俺をすり抜けていった熱い風がぱっと燃えている壁になる。

 芸がないとかなんとかだったけど、すました顔してデキル男だ。

 惚れそうで困るよ。


「結界にアタックしているんっすか?」

「ここは燃やさないと入る隙がないんだ」


 正面から輪になった炎がまあるくくり抜いていった。

 俺には分からないが、結界説は本当だった。


「燃えていても臆せず」


 彼がぴよんと火の輪を潜っていく。

 ここで怖気づいたら漢じゃない。


「えーいやー」

「怖くないって。この炎は冷たい氷でできているんだよ」

「マジ?」

「触れてみ」

「……押すなよ」

「自意識過剰だな」


 そっと燃えて蠢く炎の先に触れた。


「熱くない」


 もう少し触れたら、俺の指のまわりがパキパキと水晶のようになる。

 氷というより、結晶なんだ。


「すげー」

「ほれほれ、さすがといいなさいよ」

「それ以上は持ち上げてあげない」


 さっさと山の頂をとりに走り出した。

 彼は文句を言ってくるだろう。

 俺がズルいと。


「静かだな」


 仕方なく振り返ると、視野に入らなかった。

 右の方に影が躍る。

 俺の前に彼がいた。


「どうなってんだ? いつ追い越したよ」

「僕の裏技」


 裏技なら教えてくれないよな。


「どうやったのか訊かないの? どんどんこの裏技でテッペンは僕が先だよ」


 ううー。

 ガブガブしたろうか。


「ハアーッハハハハ」

「俺だってなあ、一号なの。ヴァンパイア一号なんだからな」

「噛みつかれたら、水晶の鎧を着けるからいいさ」


 脅しじゃダメなんだ。

 俺もできることをしないと。

 彼が真ん前を走っている。

 テンポよく駆ける姿に、一年生ながら惚れ惚れする。

 いまから花形になり、俺の座を奪われる予感がした。


「あ……」


 転んだフリをした。


「どうした? 挫いたか?」


 チャーンス。

 押し倒す、そして首筋に……。


「心配してくれるんだ」

「二人っきりと一頭しかいないだろう? もう夜も更けたから、後は日が昇ってからでも——」


 ガ・ブ。


「ヒイイー」

「イト、美味しくない。青い血ってあるのか」

「どいて!」


 ドンと突かれて、俺は離れ、よろけて尻もちをついた。


「酷いよ一号! そんなことする人だって思わなかった」

「うるさいな。全面的に俺が悪いみたいじゃん。それに痴漢じゃないからな。エナジー補給だ。しかも失敗の」

「いちゃこらしたくてしてるんかと思った」

「どんなままごとや」

「はい、一号がお父さんですよ。僕はお母さんです」

「僕ってそこでお母さん設定おしまいじゃないか」


 イトがゲンジョウの名を連呼すると頂からこっちまできた。


「寒いから、皆であたたまろう」

「気が利くな。朱」

「馬はガブしていいよ」

「それは人間としての心の準備が……」


 イトはさっと馬の前足を曲げて座らせ、寝具にして寝始めた。

 俺も寝よう。

 明日、レースを勝ったら、空腹を満たしてやる。


 その日は美味しいごはんの夢をみた。


「悠輝——」

「ママ」

「お腹空いたでしょう。お弁当はこっちよ」

「ママー」

「こっちよ」

「ママ……。遠いよ、遠い」


 寝苦しいと起きてみたらまだ夜で、馬の脚が俺の腹に乗っていた。


「やれやれ」


 どかすしかない。

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