第2話
「ここにもいねェー……」
何度目か分からない扉を開け、誰もいない部屋を覗くたびに、シグは落胆の色を深くしていった。
ルイスと
宿屋の一階をぐるりと回り、二階に上がり、いくつもの部屋を覗いても、手がかりは一つも見つからなかった。
廊下には灯りひとつなく、窓から差し込む月明かりと、手に持った懐中電灯だけを頼りに進むしかない。
長い間放置されていたせいか、どの部屋も埃の匂いが充満し、息をするたび喉がざらついた。
(それに、やけに静かだ。不気味すぎる)
ゲホゲホと咳き込みながら、シグは埃の舞う空気を睨んだ。そろそろ別の場所を当たったほうがいいかもしれない。そんな考えが頭をよぎる。
「向こうの部屋にもいなかったー」
自分とは反対側の部屋を確認して戻ってきたルイスが、飽きたようにシグの頭に顎を乗せる。
重いし、何より傷だらけの身体に響いて痛い。
「もうこの宿にはいないのかなぁー」
「お前、匂いで分かんねーの?」
「無理無理!俺、アニマル系じゃないし。ヒューマン系だって知ってるでしょ?」
ルイスは顎をぐりぐりと押しつけ、シグは割れるように痛む頭を抑えながら太腿の銃に手をかけた。
ルイスはそれを見て顔色を変え、慌てて離れる。
「もう、何があったらすぐ銃向けようとするのやめろよ。マジで怖ぇよ」
「怖ぇんじゃねぇよ。マジだ」
本気を見せるように、シグは銃口をルイスの額に突きつけた。
「ひっ!」
小さな悲鳴がルイスの喉から飛び出す。その姿にふん、とシグが満足げに鼻で笑い、銃を下ろした。
「それより、二階は全部回った。もう外に出るぞ——」
その時だった。
——ひくっ……ひくっ……
どこか遠く、廊下の奥から、微かな泣き声が聞こえた。
ルイスは「ゆ、幽霊!?」と大声を上げるが、人間でない彼が幽霊を怖がることに呆れながら、シグは「うるさい!」と口を手で塞いで耳を澄ませる。
何かが這い寄るような足音がこちらへ向かってくるのが分かり、彼は手に持っていた懐中電灯でその先を照らした。
最初、光の中に入って来たのは小さい足。それに誰よりも早く反応したのはシグの手から逃れたルイスだった。
「あれ?女の子?ど、どうしたの?」
そこには金髪の女の子が涙目で自分が着ているフリフリのワンピースを握り締めていた。
幼女に弱いルイスはそわそわしながら近づこうとする。が、シグはとっさにルイスの腕を掴んで止めた。
不満そうに振り返ったルイスに、シグは深いため息を吐き、呆れた顔のままその瞳を鋭く細める。冷ややかな視線で睨みつけ、目だけで『本当にお前、わかんないのかよ』と問いかけた。
だが、そんなシグの無言の圧力も、痛みも空気も読まないルイスには通用しない。彼はきょとんとした顔でただ首を傾げた。
「ねぇ、なに?」
その反応に、とうとうシグの堪忍袋が切れた。
「お前は、アホか。バカか。鳥頭かぁ?いや、違うな。ただの、脳!無!ドールだったなお前は!」
「ひど!なんだよ!説明してくれよ!」
未だに状況を飲み込めていないルイスの足に、一発ぶち込んでやりたい衝動をシグはなんとか堪えた。
マスターの資料によれば、この町にはもう人間は住んでいないはずだ。廃墟同然の宿屋に、小さな女の子が一人きりでいること自体がまず異常。しかもそのワンピースや髪の毛、顔には、長い年月をかけて積もったような泥や埃が深く染みついている。
全てが不自然すぎる。
シグは銃へと手を伸ばし、女の子の方へと静かに歩き出した。
「シグ……?」
ルイスの不安げな声が背中を追ってくる。だが、シグは一度も振り返らずに進み続けた。
女の子は今にも泣き出しそうな顔で、震えながら大粒の涙を零している。
なんて白々しい演技だ。
「よくもまあ化けたな。さっきまでの姿とは大違いだな。……だろ? ターゲット、いや——お人形さん?」
「あいつが!?」
やっと気づいたらしいルイスが「うそぉ!?」と叫ぶ。すると、ターゲットは少しの間を置いた後、くすくすと笑い始めた。
「ふふ、ふふふ……。よーく分かったね、お兄さん♡ この姿は、ちょ〜っとそこら辺に転がってたのを、借りただけ。前の身体は誰かさんたちのせいで使えなくなったからさ」
子供の姿で悪党のような口を利くターゲットに、シグの嫌悪感は増す。だが、これは本物の子供ではない。人間を模しただけの、ただのガラクタだ。そう、シグは自分に言い聞かせた。
「ルイス!いい加減しっかりしろ!俺は早く仕事を終わらせて帰りたいんだよ!」
ターゲットを仕留めるためには、不本意ながらルイスの能力が必要不可欠だ。
「はぁ〜、しょうがないな〜」
ルイスはニヤリと笑い、不敵に肩をすくめると、右腕をすっと前に突き出した。その瞬間、周囲の空気がビリビリと震える。
バチィィン——!!
眩い雷光が腕から奔り、一瞬にして闇を裂いた。
それは彼にだけ組み込まれた特別な内蔵機構【
電気の力を彼はまるで遊ぶように、笑いながら放っていた。
肉体を持つ人間に、決して宿ることのない力。
それを当然のように使いこなすのは、人が創り上げた人工の存在———
そう。ルイスも、あの少女も。どちらも、生まれながらに役割を与えられた存在。
その光を受けて、少女の胸元が一瞬、赤く脈打った。
――まるでそこに心臓ではない“何か”が宿っているかのように。
女の子も流石に危ないと思ったのか、舌打ちひとつでどこからともなく包丁を取り出し、静かに構えた。
そういうことか、とシグは確信する。
「諦めたらどうだ?お前の力、戦闘には向いてないんだろ?」
「……大きなお世話よ」
女の子は、今までの強気はどこに行ったのか、悔しそうに唇を噛んだ。
シグが天井から落ちて気絶する直前まで、ターゲットはオオカミの姿だった。
牙を剥き、俊敏に動くその姿は、誰が見ても戦闘用の人形『バトルドール』にしか見えなかった。
だが今、目の前にいるのは少女の姿をしたドールだ。しかも先ほど、自分の口で「この身体、少し借りてるだけ」と言っていた。
彼女はルイスのような戦闘型ではない。自身の意識を他の器に『移す』——
潜入や変身に特化した人形『ミミックドール』。
その能力で、さっきのオオカミに入り込んでいたのだろう。
(誰が創ったのか、意味の分からない能力だな)
どこのどいつか、見てみたいもんだ。と、彼は鼻を鳴らす。
「シグの言う通りだぞ。なるべく痛くしないように頑張るからさ」
徐々に、ルイスの腕から放たれる電力が勢いを増していく。
バチン……バチバチバチッ……ッ!
空気が焼けるような音が響き、雷光が周囲の壁を青白く染める。火花が飛び、焦げた匂いが鼻を突いた。
その圧倒的なエネルギーを前に、少女の顔がこわばる。
「それって、つまり」
小さく震える声で、少女は唇を噛みしめた。
「どう逃げようと、どう抗おうと、私は壊されるってことじゃない……!」
「痛くしない」と言いつつ、ルイスの右腕から溢れ出す雷光は、すでに制御ギリギリの出力を叩き出していた。
いや、お前ら、そもそも痛みなんて感じないだろ。と心の中で突っ込みたくなるシグである。
女の子は、ルイスの力に圧倒されたのか一歩後ろへ下がった。後ずさるたび、古びた床板が軋んだ。震える指先に、どこで手に入れたのかわからない包丁の光が揺れる。
「悪いけど私は壊されない……!」
必要がなくなったドールは壊す。それが、この国のルールであり、秩序だ。そして、その処理を行うのが彼、ドールハンターであるシグの役目である。
少女が包丁を持って、ルイスより弱く見えたのかシグの方へ走ってきた。けれど、遅い。オオカミだったときと比べ、動きも鈍く、鋭い牙もない。
恐れる理由はなかった。
シグは包丁を振りかざす右手を掴み、そのまま、銃口を眉間に押し当て——引き金を引いた。
バ————ン!!
耳鳴りとともに、女の子の頭は力なく後ろへ倒れた。
当たり前のように、血は流れない。
少女は動かないまま、奇妙な体勢で「ふふふ」と、まるで魔女が何かを企んでいるような、ねじれた笑い声が漏れた。
そして次の瞬間、首がギギッと持ち上がり、元の位置へ戻る。
少女は、自信に満ちた笑みを浮かべながら、シグをまっすぐ見返していた。
「お兄ちゃん、バカ?そんなの、私みたいなドールに効くわけ——っ!!」
言葉は、そこで途切れた。
少女は急に、糸が切れた操り人形のようにその場へ倒れ込む。
「痛い……。イタイ、イタイイタイッ!!!!」
痛みを感じないはずの彼らにも、怯えるものがある。
一つは、同じ同胞でありながら圧倒的な力を持つ、
もう一つはシグの手に握られた、
「なんで……こんなことが、あるわけ……っ!!」
生まれて初めての痛みが彼女を波のように襲う。全身が痺れ、頭が割れそうで、涙をこらえるように女の子はシグをにらみつけた。
シグはその目を冷たく見据えたまま、後ろをちらりと見やる。
「うわ、可哀そう〜」
そう、からかうように呟くルイスの無邪気さに、軽く苛立ちを覚える。
(……こいつを先に撃ってやろうか)
心の中で一瞬本気で迷ったが、それでもシグはもう一度、銃口を女の子に向けた。
ひっ、と小さな悲鳴が女の子の口から漏れる。
「知らなかったか。これは“ただの銃”じゃない。お前みたいなドールを壊すために作られた、俺たちドールハンターだけが持てる【ディセクター】だ」
じゃないと、彼みたいな“ただの人間”がドールと渡り合えるはずがない。そう続けるのは、やめた。
この手に握った【ディセクター】がなければ、何もできない。そんなふうに聞こえるのは、少しだけ、癪だった。
「なんで……。私はただまだ……」
自分が勝てないことを悟った少女は、這うようにして逃げ出そうとする。
その背中に、なぜか悲しみのような色が滲んで見えて、シグの胸の奥に、小さな水たまりのような感情が生まれた。
だが、シグはすぐに頭を振って、それをかき消す。
この世界で、ドールは主を失うか、役目を終えれば“廃棄”される存在。人間に被害を及ばすドールのためにドールハンターは生まれたのだから。
「お前の主人は、もうとっくにいない。お前が暴れ、危害を加えたせいでこの町は人が住めなくなった。……だから、お前は“処理対象”なんだよ」
「嫌だ!!! 私はまだ……! まだ、壊れたくない!!!」
少女は叫びながら、近くの椅子や破片を手当たり次第に投げつける。
「全部、あの人たちが壊したんだ……。主の場所も、私の居場所も、全部……!だったら、壊し返すしかないでしょ……!」
マスターであるアインの資料には、彼女の能力や製造経路については一切記されていなかった。
だが、町の古老たちの記憶によると、彼女は森に倒れていたところを老夫婦に拾われたらしい。二人は彼女を「賢い犬」だと思っていたそうで、本当の家族のように育てていた。それがドールであるとは、最期の瞬間まで気づくことはなかったという。
「君の主人は違法者だ。本来なら、ドールを所持すること自体、国家への申請が必要だからな」
「私の家族を、侮辱するな!!」
鋭い叫びとともに、彼女の手からガラスの破片が飛んだ。それは一直線にシグの頬をかすめ、細い赤い線を描く。
痛みよりも先に、熱い液体が流れ落ちるのを感じた。
床に滴る血の音が、妙に鮮やかに響く。
「ぎゃああっ! シグ! 死ぬなー!」
背後でルイスが大袈裟に騒ぎ立てる。けれど、シグの意識はそこになかった。
——家族。
その言葉に、シグは無意識に脳裏の中で三人の顔を浮かべていた。
やかましく騒ぐ阿保なドールの顔。そして彼を拾い、居場所を与えたマスターの姿。もう一人の、無表情で自分を追いかけて来るドールの顔も。
「あなたにとっても、後ろのドールは大事に見えるのね」
彼女は震える声で続ける。
「私だって、そうだった。大切な家族だったのに……。それなのに——それなのに! この町の人たちのせいで、私の家族は死んだのよ!」
怒りとも悲しみともつかない叫び。
その狂気をはらんだ瞳に、一瞬、シグの肩がわずかに揺れた。
「町が観光地化して森がなくって、私の主は家を追われて病にかかって死んじゃったのよ! だから私は、この町の人たちが、この町そのものが憎いの!!」
彼女の視線が、ぴたりとルイスに向いた。
「あなたも同じドールなら、自分の主人がどれほど大事なのか、わかるでしょ?」
同情を引こうとする魂胆が、あからさまだった。
ルイスは一瞬だけ顔を上げて彼女を見た。だが、その瞳に浮かんでいたのは哀れみではなく、「困ったなあ」とでも言いたげな、どこか他人事のような色だった。
「気持ちはわからなくもないけどさ。俺のマスターの命令は、
彼の声は淡々としていて、まるで天気の話でもするようだった。
彼にとっては復讐の理由も、怒りの深さも関係なかった。
マスターの命令。それが全てだった。
「ルイス」
「りょーかい!」
もう仕事を終わらせるために、シグがルイスの名前を呼ぶと、彼は少女の目の前に立った。
少女は地面に倒れたまま、痛む体を引きずって、必死に後ずさる。
ルイスは無言のまま、手を天井へと掲げた。力を溜めるように。
再びパジッ、パジッと空気を裂くような電気音が響く。その様子を見ていたシグは、一つの違和感に気づいた。
(あいつまさか!)
焦りながらルイスの名を呼ぶ。
「ルイス待て!!俺も殺す気か!!」
ルイスの右腕がうなるたび、空気が割れて耳が飽和する。
声はもう届かない。
あの規模の力なら、少女だけでなく、彼自身も巻き込まれてしまう。
「チクショー!!」
シグはとっさに後ろを振り返り、全力で駆け出す。その瞬間、背後から轟音が鳴り響き、爆風とともに、眩い白い光が彼の全身を包み込んだ。
もし、もしも、無事に戻れるのなら。
(とびっきりの笑顔でルイスを撃ってやる!!!)
そう決めて、彼の意識は白に沈んでいった。
ドールハンター: Doll Hunter 夜凪いと @yonagiito
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。ドールハンター: Doll Hunterの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます