「レンズ越しの双子」
鈑金屋
「レンズ越しの双子」(10月1日はメガネの日)
1. 朝の光と双子
屋敷の大広間に、朝の光が降り注いでいた。
背の高い妹・
一方、背の低い姉・
小柄で愛らしい顔立ちに、少し子供っぽさを残す。けれど姉らしく、心配性で世話を焼きたがる。
「……またずれてる」
柚葉は背伸びをして、百葉の眼鏡をちょんと直した。
「えっ、あ……ありがとう」
百葉は頬を染め、少し視線を逸らす。
「どうしてそんなに気にするの?」
「だって今日は特別な日だもの」
「特別?」
「メガネの日、なんだよ」
胸を張る柚葉に、百葉は思わず吹き出しそうになった。
「そんな記念日あったんだ……」
「あるの!十月一日!私たちみたいに“レンズで世界を見てる人”のための日!」
双子なのに背丈も雰囲気も違う二人が、眼鏡だけはおそろいのように輝かせていた。
2. 鏡に映る凸凹
昼下がり。食器を片付け終えると、柚葉が懐から小さな手鏡を取り出した。
「昨日、買ったんだ」
銀の縁に小花の彫刻が施された繊細な鏡。
「綺麗だね」
百葉がのぞき込むと、そこに映ったのは――
背の高い妹と、背の低い姉。眼鏡越しの二人の顔。
「こうやって見ると……全然双子に見えないよね」
柚葉が少し唇を尖らせる。
「だって、百葉はスラっとして大人っぽいのに……私はちんまりして子供っぽい」
「そんなことない」
百葉は慌てて首を振る。
「柚葉は可愛い。大人っぽさより、ずっと……大事だと思う」
柚葉の頬が一瞬で赤く染まる。
「……バカ。からかわないで」
「からかってないよ」
鏡の中で、視線が絡まった。
似ていない双子。けれど唯一無二の、もう片方。
3. ぼやけた視界の意味
夜。人気のない廊下を二人並んで歩く。
百葉が灯りを持ち、柚葉は袖をそっとつまむ。
「ねえ、百葉。眼鏡って不思議だよね」
「不思議?」
「だって、これがないと世界がぼやける。でもかけると、全部はっきり見える」
柚葉は眼鏡を外し、かすむ視界を瞬かせたあと、すぐにかけ直した。
「私にとって、百葉がそうなんだ」
百葉は足を止める。
「……私が?」
「うん。百葉がいないと、毎日がぼやけちゃう。百葉がいるから、ちゃんと見える」
百葉は息を呑み、柚葉の丸眼鏡の奥をのぞき込んだ。
小さな姉の瞳に、自分の姿が映っている。
「……私もだよ」
「え……?」
「柚葉がいるから、私は私でいられる。私の視界を作ってるのは……柚葉だから」
凸凹に揃わない背丈。
けれどその不揃いさえ、二人にとってはぴったりの形だった。
二人はしばらく黙って見つめ合った。
眼鏡のレンズがわずかに光を反射し、互いの頬が赤く染まっていく。
「……あの」
先に視線を逸らしたのは百葉だった。けれど次の瞬間、また柚葉の方へ向き直る。
柚葉も慌てて目を逸らそうとしたが、もう遅かった。視線がぴたりと絡み合う。
沈黙の中、二人の顔が少しずつ近づく。
眼鏡の縁が触れそうになり――唇がそっと触れ合った。
一瞬の、震えるような口づけ。
触れたとたん、二人はびくりと体を震わせ、すぐに顔を離した。
「……っ!」
「……っ!」
互いに頬を真っ赤にして、口を押さえる。
息が詰まるように恥ずかしくて、なのに胸の奥はくすぐったいほど甘い。
「な、なんで……」
「……わかんない。でも、したくなっちゃった」
柚葉は丸眼鏡を押し上げ、百葉は銀縁眼鏡を直した。
視線を合わせるだけで、また顔が熱くなる。
ぼやけそうで、でもはっきり見える――そんな世界がそこにあった。
4. レンズ越しの誓い
休憩室のソファに腰を下ろすと、背の高い妹が、背の低い姉にもたれかかった。
「……眠い?」
「うん、ちょっと」
「子供みたい」
「姉さんだって」
二人は眼鏡のレンズをかすかに触れ合わせるように顔を寄せた。
恥ずかしさで唇は重ねられなかったけれど、それ以上の温もりがそこにあった。
「来年も……一緒に過ごそう。眼鏡の日」
「約束だよ」
赤く染まった頬と、揺れるレンズ。
違うようで、やっぱり双子――。
その証を、二人は静かに確かめ合った。
(おわり)
「レンズ越しの双子」 鈑金屋 @Bankin_ya
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます