第26話 体育祭 危険なドッジボール
普通の学校だと赤白などの色別で行なわれる体育祭。
しかし、NSSでは、学年別対抗戦という名の先輩後輩での戦いをするお祭り行事になる。
一、二、三と、学年ごとに五クラスが確定しているNSSは、一年一組対二年一組等々、同じ数字が戦う事になっている。
なぜなら、学校に入学する際。
優秀な生徒たちが若い番号のクラスに設定されているので、実力が高い者が集まるクラス同士で戦うべきだからだ。
まあでも大体が一年生が負ける事が多い。
一つ二つの年上なだけだが、その差が大きく実力差となって如実に表れるからだ。
こんなの理不尽だと思うだろうが、これも勉強のうちだ。
社会人一年目から厳しい環境に身を置くことが多いギフターズには、その実力差を跳ね返すくらいの強い精神が欲しいわけだ。
モンスター相手に、気後れだけはしてほしくないという親心から始まっている。
◇
団体競技に参加することになった春斗は、ドッジボールに参加した。
朝の一発目からの競技で、準備も大変な所に厄介事が加わる。
それは、春斗が出るなら私も出ると、香凛が手を挙げたせいだ。
その競技にあなたクラスの実力者が出るのが、勿体ないんですけどとの説得をクラスメイト達がしても、彼女が頑なに断った。
なぜなら彼女は邪な考えを持って、この競技に参加しているからだ。
「春君。あたしがピンチになったら助けてね」
これである。私利私欲にまみれた欲望中の欲望だ。
危険球が自分の元にやってきたら、春斗に守ってもらおう作戦を考えているのだ。
通称、カッコいい王子様のお姫様救助作戦だ。
「え?」
なんで。みたいな言い方に、香凛が怒りだした。
夜な夜な考えていた素敵な王子様計画が駄目になりそうだ。
「あたし。女子だよ!」
「ええ。でもその前に、あなたはSに近いテレキネシスを持っているんですよ。自分が助ける必要なんてないし。そもそもそんなピンチな場面にならないですよ。必要ないでしょう!」
当然である。
あなたはいざとなったら、能力でボールを止めればいいのだから。
春斗の正論であった。
「えええ。女子だよ! 女の子だよ。春君のそばにいる!」
「はい。そうですね。素敵な女の子ではありますよね。はい」
素敵な女の子である事は認めている。
だけどもあなたの実力的に助ける場面ではないでしょう。
これも春斗の正論である。
「あの良かったら、私は守って欲しいんですが。春斗君」
茂野が手を挙げて聞いた。
「当然ですね。茂野さんは自分の後ろにいてください。危険ですからね」
「はい。ありがとうございます」
茂野は内政系のギフターズであるから、春斗は彼女を守る気満々だった。
戦えない女の子が、能力合戦のドッジボールは危険だからだ。
――――
それにしてもこんな危険な競技に内政系を入れておかないといけないとは。
ずいぶんと酷い話だなと思うかもしれないが、そこには理由がある。
それは、全生徒が最低一競技に参加しないといけないルールが、体育祭にあるからだ。
その中で団体競技のドッジボールは部類として、比較的に簡単に出場ができる競技だ。
それは、ボールに当たらないようにするんじゃなくて、ボールから守ってもらえばいいからだ。
クラスの仲間に守ってもらえば、出場するだけで参加となるとの考えが、この競技の中にある。
実は、この競技自体がその訓練の一環でもあるのだ。
ダンジョン内でパーティーを組んだ場合。
その後方支援の人間を守る方法を学ぶ機会としてだ。
連携で味方を守る練習でもあって、こんな危険な競技にも意味があるのだ。
ドッジボールは10名が参加。持ち点は10点。
外野無しの内野のみで、ボールを10回投げ合う。
その際、普通に投げてもいいし、能力を使って投げてもいい。
とにかく相手に当ててから、ボールが地面に落ちたらポイントダウン。
10回投げ終わるまでに持ち点が0点になったら、無条件で負けが確定する。
つまり、1回の投げで、複数名当ててもポイントがカウントされることになっている。
この競技は味方を守りながら、ボールをコートに落とさずにして、相手と投げ合ってポイントを競い合うのだ。
――――
「どうして!」
香凛が怒りだす。春斗に体ごと迫って顔を近づけた。
その迫力は中々のもの。
それでも、彼は涼しい顔で受け答えする。
「どうしてもなにもですね。香凛には手伝いなんて必要ないでしょ。誰かに守られるような人じゃない。そんな肝っ玉ではありません。最初の頃のあなたじゃないですしね」
遠足に行った頃のあなたなら守った方がいいと思うけど。
今の立派に成長したあなたなら、自分の手なんて必要ない。
春斗の線引きはしっかりしていた。
「はいはい。春斗君! 拙者はどうでござるか!」
侍風味の円は、手を大きく左右に振って聞いていた。
自分もここにいますよアピールだ。
「あなたも自分の手なんていりませんよ。あなた、ボールよりも速く動けるでしょ」
円のギフターズは、速度。スピードと呼ばれる身体能力強化だ。
ランクはC。
だからボールよりも速く動くのは間違いない。
自力で躱せるのだから、守る必要が無い。
「拙者は、殿方に守られる女じゃないのでござるね。がっくり」
円が両手を地面に着けた。
がっくりポーズを決め込む。
「なんだ、円もあたしと一緒じゃん。じゃあ、あたしだけが春君から除外されたわけじゃないんだね」
「当然です。というか。除外ってなんですか」
「お前いらないみたいな?」
「香凛がいらない? いりますよ。当然でしょ」
「春君に必要なんだ!」
「いや。自分にではなくてチームにです。今戦うんですよ。それに当たり前でしょ。いらない人なんて、いたらダメです」
春斗が珍しく怒り出した。
どんな事があっても人がいらないなんて事態は駄目。
それだけは起きてはいけない事だ。
自分の実の父が母を捨てたことから、春斗はいるいらないで人を捨てる事に拒絶感がある。
だから能力の大小でも人を見限らない。
「・・・まあ、自分は守る必要がある人だけを守ります。だって、あれで怪我したら可哀想ですよ。あの競技・・・下手したら殺し合いでしょ」
春斗たちの前で行われているのは、能力合戦にも近い。
ボールに技を叩きつけて、相手をアウトにするという中々ハイレベルなドッジボールなのだ。
今は先生たちのデモンストレーションが行われている。
超危険なスポーツに見えている。
【ビイイイイイイイイイイイイイイイイ】
次の試合の準備を始めろ。
その音が鳴った。
皆が移動し始める中、アルトは全体に声を掛ける。
「怪我すんなよ。皆。無理すんなよ~」
アルトが手を振って声援をし続けた。
◇
試合開始の合図が鳴った後。
二年一組の攻撃から始まった。
第一球。
こちらの球に加わっている能力は、変わった技が加味されていない。
パワー系の人のただの剛速球だった。
ボールが向かう先は、浜辺。
一年一組第三班のこれまたパワー系の男の子。
あれなら対処できるだろうと、春斗は、そこに介入しなかった。
「俺!?!??!!?」
最初に狙うのは内政系の人だと思っていた浜辺は、身構えるのが遅かった。
剛速球が顔面に当たる。
「ぐべら!>$”?」
ドカンと顔面でボールを受け止めても、パワー系は肉体に耐久性がある。
赤く腫れあがるだけで、顔面自体は無事だ。
顔は崩れていない。
鼻も目も元の位置にある!
「そんなぁ・・・バタン!?」
でも倒れた。
春斗が隣でしゃがんで、ちょんちょんと脇腹を突く。
「浜辺君。無事でしょ」
「ぬ?!」
「浜辺君。サボりたいんでしょ」
「ぬぬぬ」
「たしかルール上。顔面ってセーフでしたよ。それにこの競技退場ってありませんから」
「あれれ」
競技から離れようとしているのがバレている。
浜辺の返事が変わった。
「それにね。倒れている所よりも、倒した所を見せた方がいいんじゃないですか。ほら、こちらを見ている人たちにも素敵な女性陣たちがいますし。それにコートには香凛もいますよ」
春斗は、香凛が美人である事は認識している。
発破をかけるには十分だ。
「ああ。そうだった!? ここには香凛ちゃんもいるんだった!」
浜辺はとうっと言って起き上がった。
いつもの元気を取り戻した。
「そうだよな。春斗。目立てる時に目立った方がいいよな。能力地味人間はさ」
お調子者であるから乗せてしまえば頑張るだろう。
春斗は人間観察が上手くなってきた。
「地味かどうかはわかりませんが。君の力は相手に負けてないですよ。今のはDだ。君もDだ。でも君の方が能力が強そうです」
「ほんとか!」
「ええ。狙ってみてください。さっきの人です」
「わかった」
春斗の狙いは、先程浜辺に向かって投げてきた人だ。
同能力だから浜辺を狙ったと思っている。
春斗がどうやって敵の能力を見分けたかというと能力共鳴と呼ばれる。
人が持つ能力の力合わせの状態の音を感知したからだ。
同タイプの能力が発揮された場合。その能力が発する音が少し大きくなる。力を合わせるとさらに大きな音となる。そしてぶつかり合うと音は更に大きくなる。
それを春斗は聞き分けることが出来るのだ。
浜辺の能力から相手を見極めた形だ。
浜辺が投げる直前、春斗が耳打ちをする。
「相手のお腹でいいです。ちゃんと投げればパワー勝ちします」
「おっしゃ。いくぜ! さっきの分だあああ」
浜辺は自分の能力を発揮して、剛速球を投げた。
相手方は受け止める事が出来ているが、その勢いを封じ込める事が出来ていない。
内野の線を越えたので、浜辺が勝った。
「やったぜ。どうよ」
春斗がいるので、香凛が近づいて来た。
「やるじゃん。浜っち!」
「おおおお。女神が褒めてくれた。うおおおおお。ありがとう。春斗。生涯自慢できるぜ。ジジイになっても孫にさ」
浜辺は香凛じゃなくて、春斗の手を取って喜んだ。
女神に褒められて有頂天になっている。
「いえ。別に感謝される事なんて・・・でもなんで自分?」
手を取るなら香凛じゃないの。
春斗はそんな事を思った。
◇
この後。数球の投げ合いが繰り広げられた中で、途中危ない場面があった。
春斗たちから見ると明後日の方向。太陽の方に向かってボールが打ち上げられた。
「「「なんだ?」」」
一年一組の全員が思った。
こちらを攻撃するに全く関係のない軌道で、投げミスかと思ったのだ。
しかし春斗だけは、その音の違いに気付いた。
ボールが放つ微弱な音が、無音に近づいていく。
「そういうことか。テレキネシス!?」
テレキネシスは発動時に音を発しない。
無音で物体を移動させる。
だから最初に投げた子は、自分の筋力で投げていて。弱々しいボールの行方が変化したのは、テレキネシスの戦闘系の子のおかげだ。
ボールの軌道が変化した際に、こちらの内政系の子に向かっていると春斗が気付いた。
「茂野さん。鴨さん! 雅君! 自分の後ろに」
「「「はい」」」
内政三人組をカバーするために春斗は三人の前に立つ。
「これは、Aクラスか!?」
ボールに加わっているテレキネシスの力が可変していて、ボールの動きが複雑となっている。明後日の方角から、こちらの三人に向かってボールが急変。しかしそこから、春斗がかばう動きをした事で、ボールが更に変化した。春斗の脇をすり抜けるようにして、三人に襲い掛かる。
敵の狙いは、ここで内政系三人をアウトにして、ポイントを減らすことにある。
一気にこちらの持ち点、三点ダウンを狙うつもりだ。
「それはさせない!」
春斗は追いかける振りをしながら、音壁を使用。
内政系三人衆の内、一番先頭にいた茂野の前に壁を作り上げた。
ボールがそこに当たると、一度ボールが止まる。
「ん? 何かに当たった・・・何に?」
ボールを投げた子じゃなくて、二年一組の学級委員長兼次期会長候補の雨洞檸檬が呟いた。
テレキネシスでボールをコントロールしていたのは彼女である。
「だったら、ここで」
彼女は変なものに当たったと思っただけで、次の変化をさせていた。
テレキネシスで動かそうとすると、春斗がそのボールにやって来た。
「掴みます! 茂野さん。少し離れて」
目の前に春斗とボールが来て、茂野は慌てて五歩分後ろに下がる。
その時に転んでしまった。
「は、はい! 下がります。きゃあ」
彼女が尻餅をついている間、春斗がボールの側面を掴みにかかるが・・・。
「甘い! それだとあなたもアウトに出来ます!」
檸檬の声が聞こえた。
「いいえ。あなたはまだ知らない。これが・・・」
春斗は誰にも聞こえないように小さく呟いた。
「音反響の応用
春斗が編み出したのはギフターズの力を上からかき消す技。
己の音の能力をフル活用して、テレキネシスの移動真っ最中のボールに力を加えて、強引に解除させる。
春斗が、モンスター以外でも、対人においても最強と言われる所以は、この技が強烈だからだ。
相手のギフターズを無効化する技は反則に近い。
「な!? 私の力が・・・なぜ止まって???」
今まで学校に通ってきて、自分の力が中途で止まったことが無かった。
彼女は驚きで一杯だ。
「ふぅ。危ない所でしたね。たまたま自分が間に合ってよかった。茂野さん、大丈夫ですか」
と、だいぶ嘘が板に付いて来た。
正直に言えば楽勝だったのだが、ここはDランクの身体強化系に見せねばならない。
「は。春斗君。こ・・・怖かったです・・・ああ、よかったぁ」
涙がぐむ茂野。
内政系には、強化された動きのボールはとても怖い。
彼女の感覚的に怪物が襲って来たのとほぼ同じだ。
「あ。大丈夫でしたか。立てます?」
「はいぃ。あ、あれ・・・こ。腰が・・・」
「あら。それではどうぞ。手を」
「はい。ありがとうございます」
茂野は、春斗の手を握って立ち上がった。
まっすぐ立ったっと思ったら、ふらつく。
「おお。大丈夫ですか。茂野さん」
春斗が彼女の肩を支える。
「はい。またありがとうございます。なんとか大丈夫です」
茂野は、春斗の優しさに再度お礼を言った。
「こんなボールが来たら、ビックリしましたよね」
「はい。怖かったです。ドキドキしてます」
「ですよね」
彼女の能力が戦闘向けじゃないだけに、能力合戦になっている状況に放り込まれたら、それはさぞ怖いだろう。
春斗は相手を慮って発言したわけだが・・・。
「ずるい。ずるい。ずるい! あたしもあんな風に助けられたい! 王子様に助けられたい!」
邪な考えを持つ人もいるわけだ。
「でも、春君助けてくれないもん。それにみんなの目がいい感じになってる!」
クラスメイト達の目が春斗に向かっていた。
特に女子の目がうっとりしている。
「・・・あああ。あんなことになったのは誰のせい。そうあれのせいでしょ!!!」
自分もお姫様みたいに助けられたかったと、怒りに燃え上がる香凛は、彼女を指差した。
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