第27話 体育祭 女の意地

 ボールは互いに残り一球の権利。

 勝負は同点で4対4だった。

 最後の勝負が勝敗を分ける所。

 香凛は宣言する。


 「あなたのせいで。あたしの春君がかっこいいってさ。皆が思っちゃったじゃない。あたしだけの春君なのに」


 と思っているのは香凛だけだ。

 この彼女の意見に、『いつから春斗がお前だけのもの』になったんだよ。

 とツッコンでくれているのがアルトである。

 彼は応援席で腕を組んで、冷静にいる。


 「え。ボク!?」

 「そうよ。さっきのボール。あなたのテレキネシスね」

 「なんだ。バレていたのか」 

 「当り前よ。あたしと同じ能力だもん。他の人の力って、目に付きやすいんだね。前に春君が教えてくれた通りだね」

 

 春斗に課せられた夏休みの修練の中に、筆記の授業もあった。

 その中に、同系統には共鳴があるとの話があった。

 力を合わせる際には音が鳴る。

 それと、同じ力を感じる時に目に付きやすい。

 これが特徴である。


 だから、アルトの場合はエレクトロキネシス。香凛の場合はテレキネシス。

 この二つの力を肌で感じやすいと、春斗は授業をした。

 彼らをS級へと昇華させるために、春斗は一生懸命自分の知識を教えていたのだ。

 他のS級四人に負けない人物にするために・・・。


 「それで、分かったから。なに? 君がボクに何か文句を言いたいのかい」

 「なにも・・・じゃない。ただ腹が立つの。あなたのせいで、春君が!? 春君が!! あの春君が、他の女の子を助けたんだよ! ちょっと駄目。それは駄目。いくら茂野さんの為でも絶対に許しません!」


 燃える彼女の心は、ただ一つの理由で、煮えたぎるグダグダな炎になっている。

 嫉妬の炎を身に纏い、彼女は先輩に勝負を挑む。


 「タイマンよ。あたしとあなたで決着をつける。このボール。押し込んだ方が勝ちにするわ」

 「押し込んだ方?」

 「そっちの内野の奥の線にボールが届いたら、あたしの勝ち。こっちの内野の線の奥に届いたら、あなたの勝ちでどう」

 「ボク、先輩だけど」


 一年違いは大きな違い。

 ましてや同系統の力であれば、その熟練度の差は必ずある。


 「はい。いいです。勝ちます」

 「へえ、その言い方、自信ありか」


 一学年全体二位の香凛 対 二学年全体一位の檸檬。

 NSSテレキネシス頂上決戦が始まろうとしていた。



 ◇


 「ボールを真ん中で上に上げる。スリーバウンドしたら能力発動しても良いことにしましょう」

 「わかった。香凛君、どうぞ」


 余裕の檸檬はコイントスの権利を香凛に渡した。


 「じゃあ。いきます」


 中立の先生にボールを上げてから、一つ、二つと地面に落ちる。

 二人は、バウンドの三つ目を見るまでは、互いの顔を見ていた。

 勝負は一瞬。テレキネシスの押し合いで決まる。

 三回目に突入。


 「「勝負」」

 

 二つの力がボールに集中する。

 コートのど真ん中で、静かな押し合いが始まった。

 しかし、使い手の両者の耳には、音が聞こえている。


 「あっ・・・お。音が・・・耳がキーンって」


 檸檬にとっても初めての経験だった。

 弱い耳鳴りがする。


 「こ、これが春君が言っていた。共鳴」

 

 そう共鳴は使っている者たちの間で聞こえる特殊な音。

 しかし、例外として、音の使い手である春斗にも聞こえる。


 「香凛も成長しましたね・・・うん、相手は格上ですが。力では負けていない」


 春斗は、互いの衝突を見て頷いていた。

 両者は互角・・・の様に見えるのは最初だけだ。


 「ですが・・・相手もさすがです。これが二学年の一位。雨洞檸檬。学年一位なだけありますね。その技術は一学年上などを飛び越えて、確実にハンター上位クラスだ」


 香凛が押され始めた。

 ボールの押し合いで、こちらのコート側に来る。


 「っぐぐぐぐ。な。なんで・・・あたしが押されるの」

 「まだ甘い。夏木香凛。あなたはまだまだこれからの人だ!」

 「そ。そんなことない! あたしだって、あなたに負けてない!」

 「ん!?」


 少し押し合いに勝ち始めた。

 香凛の力で、ボールが中央に戻り始めた。

 しかし、春斗は違う見解だ。


 「これは、香凛・・・・違いますよ。香凛の底力が凄いだけで、一時だけですね。相手は力で押していない。香凛。そこに気付かねば勝てません」


 直接アドバイスをしない春斗は戦いを見守っていた。


 「香凛君。それはただの力押しだ。テレキネシスはそれだけではいけない。可能性はいくつもある」

 「え? 可能性・・・」

 「これで終わりかい。はああああ」


 ぐぐぐっと、押し込む力が上がる。

 香凛の方に徐々にボールが進んでいく。


 同能力者の意地の戦いは、二人の間では激闘だが、ボールを見る生徒たちにとっては、ほぼ進まないボールを見ている形となっているから、何が行われているのか実際にはその凄さが分からない。


 「な、なんで・・・負けたくないのに!!」


 春斗の活躍を皆に見せつけるきっかけになったのはあの人のせい。

 ちょっとした怒りと、かなりの嫉妬で動き出した手前、意地になって対戦したが、ここで惨めに負けてしまえば、春斗に呆れられると香凛は焦っていた。

 悔しさと恥ずかしさで、目尻に涙が溜まった。

  

 「しょうがないですね。香凛。泣かない!」

 「え。春君」


 春斗が隣に立った。


 「駄目ですよ。力は心が平常時に出ます。涙は揺らぎの証拠。それは力の揺らぎに繋がる。本来のあなたの力じゃなくなります」

 「う。うん」

 「はい。止めてみせて」

 「はい!」


 ぐぐぐっとこちら側に徐々に押し込まれていたボールが、ピタッと止まった。

 コート四分の一でなんとか踏みとどまる。


 「さて、香凛。質問します。彼女のテレキネシスと香凛のテレキネシス。その違いが分かりますか」 

 「負けてない!」

 「それは・・・まあいいんですけどね。負けず嫌いは良い事ですけどね」


 自分は、二人の違いを聞いていて、別にあなたが負けていますよとは言ってないのに。

 春斗は困惑していた。


 「出力はあなたが勝っていますよ。香凛は素晴らしい力を出しています」

 「だよね!」


 褒めてくれたことが嬉しくて、ついつい笑顔になる。

 ニヤニヤしながらボールを受け止めている。ちょっと不気味だ。


 「はい。ですが、技術が負けています。彼女は、素晴らしいテレキネシスの使い手だ。ハンター上位の力を持っています。もし今からハンターになっても、彼女はいきなりの即戦力となるでしょう。有名ギルドでも重宝されるでしょう」

 「え? そうなの。じゃああたしは」

 「香凛はまだまだです。場数が足りない」

 「そうなんだぁ。残念」


 いらないと言われているみたいで、力が弱まりつつある。

 ボールがこちらに進み始めた。


 「香凛! 気を抜かない」

 「は、はい!」 


 春斗の指摘でもう一度ボールが拮抗状態になった。


 「テレキネシスは、イメージの力が大事。あなたの力はボールを一定方向に動かすイメージで力を出しています」

 「うん。だって、あっちに押せば勝ちだよ」

 「そうです。押せば勝ちです。しかし、どのように押したって勝ちです」

 「え? どういうこと???」

 「あなたは、左に押したら勝ちとしたんです。でも、上から押しても下から押しても、最終的には左に押したら勝ちなんですよ」

 「・・・それって・・・まさか」

 

 香凛は気付いた。


 「そうです。彼女は巧みです。押す方向をいくつも作って、最終的に右に押し込んでいます」

 「・・・凄い。どれだけのラインを?」

 「おそらく七つのラインですね。その力の全てを、右に押し込むことに使っています。素晴らしい」

 「そんなことが・・・出来るんだ。あの次期会長・・凄い!?」


 香凛は相手を手放しで賞賛した。


 「はい。だから彼女はすでに同時に高ランクモンスターを倒すことが出来るはず。Aの威力をフルに使えるんですよ。素晴らしいです」


 テレキネシスAの力を巧みに操れるのが、雨洞檸檬である。

 二学年一位という肩書は、お飾りじゃない。

 それがSに近い女性と言われた香凛を相手にしても、引けを取らない。


 「だから香凛。三つのラインで左に押し込むんです。それぞれ同じ出力でいきなさい」

 「うん! やってみる」


 A同士の戦いだが、香凛はSになれる器のあるA。

 出力で言えば、香凛が上なのだ。

 春斗は、香凛がここでAに勝てねば、この先のSを掴めないと思っている。


 「香凛いけますよ」

 「うん。春君。やるよ」

 「ええ。君なら頑張れます」

 「うん!!」


 春斗の声があればなんでもやれる。そんな気になる。

 香凛は自分の中にある力が溢れていく感覚を得た。

 三つのラインを生み出して、テレキネシスの力を集約させる。

 ボールに叩きこんだ。


 「はああああああ」


 押し込まれていたはずのボールが中央に戻っていく。


 「なに!? くっ・・・こっちに返される!?」

 

 檸檬も驚く相手の粘り。

 どこにそんな力がと思っても、彼女だって先輩。

 意地で、七つのラインの出力を上げ始めた。

 ここで中央でボールの動きが止まる。


 「ぐぎぎぎぎ。押せない。押しきれない・・・・でもでもでも! これで勝つんだもん。春君が応援してくれたんだからあああ!」


 春斗がそばにいれば、自分は力を出せる。 

 ここでド根性だと、香凛は力を振り絞った。


 「ま、負けられない。こっちも先輩だ!」


 次期生徒会長が、一学年下に負けられない。

 女の意地がここで衝突していた。

 ただの体育祭なのだが、白熱の互角の戦場と化す。


 熱気が漏れだす現場で、春斗は一人で親友の成長を喜んでいた。


 「ええ。いいですね。ライバルがいれば、強さは増すか・・・ふむふむ」


 春斗にはライバルがいない。

 己が最強に近いから、切磋琢磨する人間がいないのだ。

 しいて、人をあげるとすれば、系譜が違う四葉麗華である。

 彼女が精神系最強、戦闘系の頂点に立つ春斗とは対極のライバルと言ってもいい。

 でも互いに切磋琢磨するような関係じゃないので、正直羨ましい部分がある。

 競争はその人物を高みへと運ぶ。

 まだ見ぬ力が見えてくるのだ。

 

 「蓋が開いたか。限界ラインが増えたみたいですね」


 春斗は香凛を見て微笑んだ。


 「もうワンライン・・・追加だああああああああ」


 七本のラインで、香凛の三本ラインを受け止めていたのが、檸檬のテレキネシス。

 そこにもう一本のラインが追加となれば、互角にするためには九本にせねばならない。

 しかし九本の全力ラインは、今の彼女のには不可能だった。

 だから勝負は・・・


 「な!? 威力が上がっていく? くっ。こんなところで」


 ボールは完全に押し切られた。

 二年一組の左の白線を割り、香凛の勝利が決まった。


 「か。勝った! やった。春君。あたしやったよ」

 「ええ。やりましたね」

 「やった。やった。やった。春君、褒めてくれる?」

 「ええ。そうですね。はい」


 春斗は、自分の拳を彼女に向けた。


 「え?」


 香凛が目を丸くする。どうしたらいいのである。


 「ここにぶつけてください」


 自分の拳のここにあなたの拳をどうぞという意味だった。


 「うん。はい」


 春斗は、四郎に頭を撫でて褒められてきたので、本当はそちらが良いと思っているが、女性にはセクハラだろうと思ってやらなかった。

 二人の拳が軽くぶつかり合う。

 

 「おめでとう。よく頑張りましたね香凛」

 「うん!」


 春斗の声が何よりもうれしい香凛であった。



 ◇


 二人の様子を見ていたのは、こちらのコートを次に使う一年三組。

 桃色の少女は両手を胸に当てていた。


 「痛っ・・・」

 「どうしたのだぞ。モモちゃん?」

 「いや。なんだか。急に苦しくなって」

 「え? 大丈夫なんだぞ?」

 「はい。大丈夫です・・・」


 と言ってはみたが、その顔は物凄く強張っていた。

 その事を知るのは隣にいる能天気な成実だけである。

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