第25話 本当の一位
夏休み明け。
朝のホームルーム。
お知らせのデータは皆さんのデバイスに送りましたよの合図を出してから、四郎が担任の先生として話しだす。
「お久しぶりですね。皆さん。今日から授業再開です。最初は久々すぎて慣れなくて、授業が面倒となるでしょうけど、まあ、少しずつ勘を取り戻しますから頑張っていきましょう!」
面倒はいらないんじゃ・・・。
それにあなた先生ですよ。
先生のセリフじゃないですよ。
っと一年一組の生徒たちは、宗像四郎の言葉に各々の心の中でツッコミを入れていた。
◇
ホームルーム後。
「なあハル。夏休みの間さ、オーラ特訓しかしてねえんだけど。いいのか?」
「はい。いいです」
今回の夏休み。
春斗が二人に課した訓練は、一つだけで終わっていた。
しかしその一つが非常に重要なためにそれだけで終わっても良いと考えたのが春斗だ。
「いいのかよ。全然成長した実感がねえんだけどさ」
「いいえ。成長はしていますよ。むしろ雷を自在に出すよりも重要です」
「そうなのか」
「はい。この力のコントロールを・・・そうですね。少なくとも一年続ければいいと思います。来年の夏に二段階目をやりましょう」
春斗はこれを三年続けてから爆発的成長をした。
マッハモードはその後の一年で磨いた技である。
「来年かよ!?」
遅っと続けて言いそうになるアルトだった。
「春君」
香凛が春斗の肩を軽く叩いてお知らせしてくれた。
「香凛なんですか」
「この人なんで、こっち向いてるの」
「え? おお」
前の席の円が、体をこちらに向けていた。
「春斗君! おひさ」
「はい。円さん」
「あの時。許してくれて、ありがとござんす!」
「ええ。許すも何もですね。別に怒ってもいないんですけどね」
本当に怒っていない。
春斗がああいう事で悩むことはないだろう。
「寛大な処置。拙者、かたじけないでござる」
「いえいえ。そんな大げさな」
二人の会話の後に、当然二人の友人も続く。
先に敦からだ。
「春斗君。夏休みが終わりましたが、僕とも話してもらえるんですかね」
「ええ。もちろんですよ。新城さん」
「敦でいいです」
「はい。敦ですね。自分は春斗でいいですよ」
「わかりました。でも僕は春斗君で」
「はい。いいですよ」
敦とも仲良くなっていて、最後に。
「春斗君は、本当に優しいですね。この人を許してくれるなんて」
「いえ。別に怒ってないんですよ。茂野さん」
「そうなんですか。でも怒ってもいいんですよ」
「え?」
「この人が悪いんですから」
「いえいえ。大丈夫です」
ぜひ怒ってくださいと言う茂野に苦笑いで答えた春斗だった。
「春斗君が良いって言ってんの。なんで、里ちゃんが攻撃してくんの」
「反省しなさいって意味で言っています。あなた、敦君と一緒に私が直接言っても反省しないでしょ」
「してますよ~」
「本当ですかぁ」
「してますぅ」
「声が大きい時はしてません」
「が~~ん」
二人のやり取りの直後にアルトが出てきた。
「なになに。いつの間に。仲良くなってたんだよ。お前らさ。俺も入れろよ」
「あ。アルト様!? は。心臓が・・・」
胸を押さえる円は、不意に目の前に現れたイケメンのせいで心臓が止まりかけた。
それなのに、そのイケメンは身を乗り出して、どんどんこの会話の中に入って来る。
距離が更に近づくとこれまた円は大混乱。
目の保養に凄く良い!と、目がハートになっている。
「様って・・・俺の事はさ。アルトでいいんだぜ」
「そ。それだけは。ご勘弁を・・・ごはっ」
なぜか血を吐くふりをした。
「なんで吐いてんだ。こいつ?」
「あのアルト君」
茂野は淡々としている。普通に名前を呼んだ。
「ん? なんだ茂野?」
「この人は無視でいいです」
「ええええ。酷くないか。それ」
「大丈夫。それもまた興奮材料になります」
「そ。そうなの・・・か? 変わってんな」
放置プレイ乙。
元気一杯の円は更に喜んでいた。
「え。アルト様でいいんですか。アルト様」
「いや、お前もかよ。新城」
様がいらねえんだわ。
アルトが怪訝そうな顔をした。
「うん。僕も無理。呼び捨てなんて出来ない」
「なんでだよ」
「・・・・うん。無理」
「その間はなんだ。その間」
無理なものは無理。
この二人は崇拝者なのである。
「なになに。どうしてこんなに仲良くなってんの。春君もアルトもずるいよ。あたしは!?」
「香凛様は。ここに存在しているだけでいいんです。もはや・・・神! ゴッドです!!」
円が力強く言った。
「は? ゴッド????」
「そうです。美の化身。女神! そうビューティフルゴッドです!!!」
「ちょっと何言ってんのこの人?」
香凛相手でも同じ態度の茂野が答えてくれる。
「それは無視してもいいんです。香凛さん」
「本当。茂野さん? そんなことしたら、あたし嫌われない」
「大丈夫。この子があなたを嫌うことはあり得ませんので。安心してください」
「そうなの?」
崇拝しているので大丈夫と茂野が説明を付け足した後。
「それに嫌われても弊害がないです」
「・・・え?」
「たいした事じゃないので。この人が言ってること」
「・・・はぁ」
辛辣であった。
「拙者。今日という日に感謝するでござる・・・これもそれもあれもこれも・・・春斗殿に・・・あの寛大なお方とお付き合いしていると言ってしまったことから・・・こんなに仲良くなれるなんて・・・感謝でござる。神との邂逅でござる・・・」
円の不用意な一言から問題が始まる。
「春君が!? 寛大なお方とお付き合いぃぃ?!」
香凛の顔が鬼のような表情になる。燃え上がる闘志が、体からこぼれ出る。
「春君! どういう事」
春斗の胸ぐらを掴んだ。
でも春斗は気にせず普通に会話する。
「お付き合い? どういう事でしょう」
本当に分からない。
春斗にそのつもりがない。
「春君。まさか。成田桃百の事!!!」
「モモさんの事??? あれ、香凛たちに会わせましたっけ?」
「会ってない!」
「ですよね。ではなぜそれを知って・・・」
「ああ。やっぱりあたしに隠そうとしてたんだね」
「いえ。いずれは紹介を」
「いずれぇ」
怒りがあふれ出ていく。
「いずれですよ。彼女の他にも。満さん。大館さん。鹿倉さん。あとは・・・」
春斗は本心しか言わない。
本当に自分の友達を紹介しようとしていたのだ。
全員がダンジョン関連のフレンドなために、二人がダンジョンに興味を持ったら紹介しようとしていたのである
人に対して無頓着そうな春斗も、意外と親友の二人には気を遣っている。
「そ。そんなに女性が!」
「いえ、半分以上は男性です」
「お。男とも付き合ってる!?」
勘違いが激しい様なので、アルトが立ち上がる。
この事態を治める事とした。
「香凛。お前の頭はどうしてBLにいく。パメか。ラナか。どっちだその情報は」
中学生向けの雑誌を言い続けるアルトは、香凛の耳を引っ張った。
「いたい。いたい。アルト酷い」
「ハルがな。恋愛なんてするか。まだ無理だろ。どう考えてもよ。俺は友達作りも大変だと思ってたんだからな」
子供の頃から、政府にマークされて、友達を作る経験が少ないだろうから、アルトはちゃんとそこを考えていた。
自分も大変だったから、もっと大変な状況の春斗は、更に作りづらいだろうと相手の立場を考えていたのだ。
「でもよかったぜ。結構友達出来たんだな。ハル」
「ええ。ダンジョンについてですね。語っても怒らない人たちです! これは貴重ですよ。あなたたち真剣に聞いてくれませんし」
春斗は友達だと思っている香凛とアルトが、この話題に興味がない事を知っている。
「・・・ん! そいつら特殊だな」
「はい!」
学生時代でその話で盛り上がられるのは、だいぶ特殊な人材であると予想がつく。
アルトはそれでもいいだろうと微笑んだ。
「よし。そんじゃ。皆でさ。どっかで遊ぼうぜ。休みとかになったらさ。そうだ。お前ら暇な時とかある?」
「がはっ・・・アルト様から遊びに誘われた!!!・・・あのアルト様からだぞ。な、なんてことだ。感無量。拙者、いつ死んでも良いでござる」
円は切腹ポーズを取った。
最近の彼女の流行りらしい。
「僕もいいんですか」
敦も嬉しそうに答えた。
「時間は調整しますよ。いつでもいいようにします」
「おう。じゃあ、茂野に聞くわ」
二人が崇拝し過ぎて話がまとまりそうにないので、アルトは直感で茂野に任せる事にした。
「な。いいだろう。ハルも」
「遊びですか?」
「ああ」
「何をするんです?」
「あ、そっか。遊んだ事ねえんだもんな」
「はい。ないですね。友達もいたことありませんから」
何がどうなれば遊びになるのか。
春斗には分からない。
「んんん。なんでもいいんだよ。皆で出かけたらそれが遊びだ。何もなくてもさ」
「そうですか。それが遊び・・・なるほど」
一つ学びを得たと思った春斗。
しかし、具体的な事は教わっていなかった。
それを教えるアルトにだって難しい問題なのだ。
中学時代が彼にもなかったからだ。
こうしてクラスメイトとの交友は進んでいった。
◇
時は少し進み。
来月に体育祭を控える9月。
クラスの席にいるのが春斗だけになるのは珍しい。
次の授業の準備をしている中で、春斗は前の席で一人になっている茂野に話しかけられた。
「春斗君。お二人は?」
「はい。呼び出されましたね」
「呼び出し? 先生ですか」
「いいえ。二年生の雨洞さんという方です。二つ前の授業で。移動教室の時にバッタリ会って。あとで来いって言われてましたね」
「雨洞!?」
「知ってるんですか」
「はい。っというよりもですよ。春斗君はなぜ知らないんですか」
「え。有名人なんですか?」
春斗は、世間に疎いので、何かの有名人なのかと思った。
「いえ。そういうのじゃなくてですね。この学校の次期会長候補の人ですよ」
「次の生徒会長さんですか。へえ」
「はい。ほぼほぼ彼女でしょう」
次期生徒会長候補の人からの呼び出し。
それはおそらく。
「そうですね。なら、お二人は次期メンバーになるんですね」
「次期?」
「はい。春斗さん。生徒会の役員って何で決まるか知っていますか」
「知りません」
そもそも生徒会に興味がない。
春斗は、調査員として学校に潜入している形である。
「生徒会長の一存です」
「へえ」
言われても興味がない。
自分には関係ないと思っている。
「生徒会長だけは選挙をして、その他は勝手に決めます。それでおそらく。副会長の一人にアルトさんを。書記あたりに香凛さんを入れるつもりじゃですか」
「あの二人を? それって・・・・大丈夫ですか?」
春斗は普段の彼らを知っているから心配している。
誰かをまとめる力はあっても、誰かを支える力があるのだろうかと。
現に求心力は持っているが、補佐の力を感じた事が無い。
と勝手に思っているが、実はアルトは気を遣いしいなので向いている。
「大丈夫って。大丈夫でしょう。あのお二人ですよ」
茂野も若干評価が甘い。
「いえ。それは・・・」
だから春斗も戸惑っていたのだが。
「しかし彼らも生徒会役員になるなんてね。大変ですね」
しかし最後には、二人を心配していた。
◇
二階の隅。
「なんですか。先輩」「・・・・」
アルトと香凛が並んで、檸檬の前に立つ。
「君たち。ボクに協力して欲しい」
「何をです」
「次期生徒会の役員になって欲しい」
「俺たちが?」
「あたしはいいです。時間がないので」
アルトは真剣に話を聞こうとしているが、香凛は彼女の話を聞く気がない。
時間が無いと答えた意味は、春斗のそばにいられなくなるから嫌だという感覚で言っている。
「それは駄目だ。君たちはNo1とNo2だろう」
「実力がですか」
「ああ。君たちが上位である限り、この学校の生徒会に入らないと駄目だ」
「実力が上だと入らないといけない? それはどうしてですか」
役員は嫌だと内心は思ってもアルトは、あくまでも理性的に話す。
「曲者ぞろいの学園なんだ。上に立つ者に力が無いと駄目だ。言う事を聞かない人間に対して、力ある意見を通せなくなる。説得が弱くなるんだ」
「言葉じゃなく、力が必要? ここはそんな野蛮な学校で?」
「そう言われると痛いが・・・そうなっているんだ。毎年ね」
「へえ。これまた大変ですね」
アルトの言い方は他人事だった。
「他人事じゃないぞ。いいかい。君が上に立たないと、君たちの世代が大変になるんだ。五期生の悲劇がまた来てしまうぞ」
「五期生の悲劇?」
「そうだ。当時最強の学生四葉麗華先輩が生徒会長にならなかった時代。あの時代は荒れたそうだ。No1が支配をしない。その場合は、学校が危うくなると。代々言い伝えられている」
「へえ。じゃあ、先輩が二年生で一番?」
「そうだ。一応選挙をするが、ボクがなるしかない」
自分がやるしかない。
だって学生時代が荒れるのだけは勘弁願いたいんだ。
だから、自主的というよりも、自分が楽しんで学校に行きたいから、生徒会長になる。
雨洞檸檬は、苦渋の選択をしている。
皆の学園生活の安全を任される覚悟を持った立候補だった。
「そうすか。大変ですね」
「だから他人事じゃない。君がならないと駄目だ」
「俺が?」
「そう。その下準備の為にボクの生徒会に入ってもらいたい」
「・・・代々の一位が、入る事になっているからですか」
「そう。麗華先輩以外はそうなってるんだ。それでいきなり会長になるのは大変だから、一年下働きさ」
「・・・たしかに。仕事内容も知らないんじゃ無理がありますか」
「ああ」
二人の会話が落ち着いたので香凛が出る。
「じゃあ。あたしはいいんですよね。この人が会長やるなら」
アルトを指差して自分は関係ないとしようとしたが。
「駄目だ。No2がいないのも、大変となる。もしかしたらNo2が上に立つ時もある」
檸檬の言葉は、この一年の成長で、逆転した場合を考慮した意見だ。
「ボクは、次期政権も、安定政権にするために。No2が重要だと思っている」
「安定政権って・・・」
政治家か! ここは学校だぞ。
香凛は思った。
「いいかい。No1がいなかった世代の五期生時代は、No2が支配した。そのため、互いの取り巻きが喧嘩した世代であるんだよ。荒れた世代と言われた所以だ。君たちも取り巻きがいるだろ」
二人は顔を見合わせた。
「「取り巻き?」」
誰だ。そんな奴。
自分たちの近くにいるのは、無表情のあの男しかいない。
それに自分たちは誰かを巻き込んで喧嘩をするような間柄じゃない。
やるなら直接言葉で喧嘩をしている(春斗を巡ってだけ)
それと、よくそばに来てくれるのは第六班の人だけだ。
取り巻きのような大量の人がそばにいない。
二人ともにである。
「いないっすよ。俺たちには」
「は。君がNo1だよね。いるでしょ。親衛隊みたいなのがないのかい?」
「いないっす」
本当の意味で、自分を慕ってくれる人たちはいるのだろうか。
アルトは悩んだ。
「え、いないの? じゃあ。君は、香凛君」
「あたしもいないです。追いかけてる人はいるんですけどね!」
「え??」
「春君って言って、とってもカッコいいんですよ。だから追われてません! 追いかけてます!」
今度は、檸檬が驚く。
No1と2に親衛隊のような人間がいない?
それにNo2には追いかけている人がいる!?
追いかけられるわけじゃなく?
とにかく混乱する檸檬は、この世代の真のNo1を知らないのだ。
二人の言っている事が分からなくても仕方ない。
こちらの二人が信頼する真の一番は、誰にも知られていない人物なのである。
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