2nd First Combat and a Bulletless Pistol~最初の戦闘と弾丸のない拳銃~
🔫
外見を一言でいえば、良いとこの部長か課長のオジサマといった感じ。きっちりとしたスーツ姿に、真面目そうな顔立ち。スタイリッシュなメガネに、感じのいい笑い皺。だがスーツ下の筋肉や、スラリとした体幹を隠しきれていない。
「すみません、お待たせしました、こちらにどうぞ」
「はい、お願いします」
黄色のカゴにはリンゴだけが入っている。どれも仕入れたばかりの高級ブランドだ。たしかにこんな買い方をする客はめったにいない。だが焦りは禁物だ。こちらが気付いていることを気取らせてはいけない。とにかく今は平静を保つこと。少しでもこの男の情報を手に入れておくこと。
「世界一が五個、王林が五個、こみつが十個、合計二十点で二万二千円になります。当店のポイントカードはお持ちですか? トコモ、ラクセンのカードは?」
「どちらもないです」
「お支払いは?」
「現金でお願いします」
男は胸ポケットから財布を取り出し、さっと三万円を置いた。
普段はしないのだが、レジ袋を取り出してリンゴをゆっくりと袋詰めしてゆく。
「あの、種類ごとに分けたほうがいいですか?」
「いや、一緒でかまいません」
あたしは袋詰めをしながら、冷静に分析を開始する。目立たないようにしているが左脇にホルスター、銃は小型、つまり利き手は右、頬にうっすらと切り傷の痕が見える、ナイフ戦闘も得意そうだ。
「なにか?」
男の言葉にドっと冷汗が出そうになったのを慌てて抑え込む。一瞬だが、殺気が取り巻いたのだ。たぶん普通の人間では分からない。殺し屋同士にしか分からない冷たい空気だった。
🔫
なにか気取られたのだろうか?
いや、そんなはずはない。大丈夫、平静を装うのだ。
「すみません、レジ袋が五円かかるんですが……詰めてしまって」
「ああ、かまいませんよ。引いてください」
男の張り詰めた空気が和らいだのが分かる。それで素早く袋詰めし、小銭をそろえて清算する。これ以上引き延ばすのはかえって不自然、危険だ。
「ありがとうございました。またのご来店おまちしております」
「どうも」
明るい声で深々と頭を下げて、男が店を出ていくのを見守る。入り口を出てそのまま左側、駅とは反対方向へと歩いて行くのを確認する。行動開始だ!
「店長、体調不良で今日はこれで抜けます、あとはよろしくお願いします」
あたしはさっとエプロンを外して丸め、店長に渡した。それから髪をほどいて、ニッコリと店長に笑いかける。
「え? 急になに? 霧崎ちゃん、ちょっと待ってよ。今日の夜勤、キミだけじゃなかったっけ?」
まぁなにか言うのも面倒なので、そのまま振り返らずにレジを後にする。それからロッカールームに行って愛用のサイレンサー付きルガーMk.2、愛称『セイレーン』をポーチに詰め、コンバットブーツに履き替え、裏口からそっと夜の街に潜り込む。
「ゲートリバー、いや、ミスター三億円、
🔫
ゲートリバーの背中はすぐに見つかった。だがさすがは一流の殺し屋、たくみに裏路地を通り抜け、何度も尾行を確認し、遠回りしながら隠れ家まで歩いていった。
三十分ほど歩いてたどり着いたのはオートロック付きの古いマンション。築年数は古そうだが、豪華な感じのエントランスゲートがある。
まずはこのまま、隠れ家を特定し、それから作戦を練って突入するのがセオリーだろう。少なくともミッションはク・リーリンから奪った品物の奪還だ。ゲートリバーとの殺し合いはリスクが高く、可能な限り避けたいところでもある。
彼を乗せたエレベーターが上がっていき、止まったのは六階。それを見届けてから、やたら天井の高いエントランスにそっと忍び込み、郵便受けを確認する。六階に宛名のない部屋が一つだけあった。ここで間違いないだろう。
「さて、どういう作戦で……」
「そのまま動かないのがいいと思うがね」
今度こそ、ドっと冷汗が流れた。続いてカチリと金属音が小さく響く。この声と音、少し離れた位置から銃口を向けられている。背中に直接銃口を当てるのは映画やドラマの中だけ、プロはそんなことをしないのだ。
🔫
「あんた、ゲートリバー?」
「ああ。あんたは確か『キリサキジャッコ』と名乗ってたな」
「光栄ね、あたしもちょっとは有名人ってこと?」
「まぁな。だがオレは初対面じゃないんだ。一度キミをターゲットにしたことがあったからね。まぁ結局はオーダーを受けなかったが」
「知らなかった。店でもそんな素振りなかったのに。一流は違うわね、やっぱり」
はぁ。ため息をついてがっくりと肩を落とす。
ゲートリバーまでの距離は今の会話ではっきりと把握できた。
だから……肩を落とした瞬間に、まっすぐ後ろに蹴りを放つ。ブーツのかかとから銃を蹴り上げた反動が確かに伝わる。銃がくるくると高い天井に向かって打ち上げられ、同時にあたしはくるりと振り返りながら、ポーチからセイレーンを抜いてゲートリバーに向けて引き金を……
「さすがだな、意表を突かれたよ」
ゲートリバーはあっさりそう言うと、銃を持ったあたしの手を払った。さらに追撃の蹴りを真っすぐに腹に繰り出したが、これは想定内。わたしはすっと身をかがめて、逆に奴の軸足を折りにいく。
ガツッ
蹴りは鈍い音を立てただけだった。ダメかっ! よけたゲートリバーの足がクッと折りたたまれ、今度はそのまま踏みつけにかかる。横に転がり、なんとかその攻撃も回避する。
セイレーンはまだあたしの手の中。遠慮なく銃口を向ける。とにかくまずは一撃を入れなきゃ始まらない!
「あまいよ」
ゲートリバーの右手があたしの挙動よりも早く、絡みつくように銃に伸びる。そのまま引き金に指を滑り込ませ、銃を握った手ごと関節をねじり上げてくる。やばい、指の骨が折れる! その前に銃を後方に放り投げた。
「いい判断だ」
🔫
そのすべては一瞬の攻防だった。
『まったくもって
その一瞬のやり取りだけでそれを痛感させられた。
ゲートリバーはそんなあたしの様子を冷たく見降ろしている。
無意識に敗北の色が目に浮かんでしまうのが分かる。
それを見て取ったのか、ふっ、とゲートリバーの殺気が和らいだ。
(よし! かかった!)
目の前にスッと拳銃が落ちてくる。
それはあたしが最初に天井に向けて蹴り上げたゲートリバーの銃だ。
この瞬間、このタイミング、全部狙い通り。
ゲートリバーも一瞬遅れてそれに気づいた。
だがあたしは一瞬早く、パシッと拳銃のグリップをつかみ、その銃口をぴたりとゲートリバーの額に向けた。顔を撃つのは好きじゃないんだけど、相手が相手だ。ここでためらうことは自分の死を意味する
「バイバイ、最強さん!」
驚くゲートリバーに向けて、連続で引き金を引いた。
🔫
カチ、カチ、カチ
撃鉄が空っぽの音を立てた。
もう一度引く。カチカチ。
「まさか、弾入ってないの?」
「まぁな。殺し屋はやめたのさ」
ゲートリバーは逆にあたしの拳銃『セイレーン』を拾い上げた。
もう勝負は決まった。今度こそあたしの命はあいつの手の中にあった。
「ク・リーリンの依頼だな。報酬額は?」
「三億」
「ずいぶん吊り上げたな、オレの時は二億だった」
「あんたから奪うんだから妥当な金額じゃない? ねぇ、それよりどうして裏切ったの? あんたそういうキャラじゃないでしょ」
「オレがどう見られているかは関係ない。三億もらってどうする気だった?」
「大金抱えて引退しようと思ってね」
「なるほど。だったら一つ提案がある」
「買収するつもり? ク・リーリンは裏切者を許さないよ」
「そんなことは分かってる。だからお前に見せたいものがある。ついてこい」
🔫
まぁ、妙な成り行きになってしまったが、どうやらまだ三億円のチャンスはありそうだ。先ほどの戦闘でも互角に戦えることは分かっている。ゲートリバーも同じように理解しているだろうが、それを分かった上での誘い。なにか罠があると思ったほうがいい。
エレベーターで六階まで上がり、一番端の部屋へと向かう。ゲートリバーは油断なくあたしに銃を向けたまま、鍵を開けてそっと扉を開く。部屋の中は薄暗く、廊下の先からはリビングの明かりがわずかに漏れていた。
「
「見立てが甘いんじゃない? 猶予は12時間ってとこね」
「そうだな。もう少し二人でゆっくり楽しみたかったんだがな」
なに? ちょっとどういう意味? なんか身の危険を感じてしまう。だが今は誘われるままについていくしかない。チャンスを待つのだ。殺気と警戒が緩んだその瞬間を。まだ逆転の目はあるはずだ。
ゲートリバーはそのままリビングを歩いていき、簡単な鍵をあける。中は薄暗い和室。家具はなく、キャットタワーのようなものが無造作に置かれているのが見えた。
「ただいま、キラちゃん、おいしーリンゴ買ってきたよ……」
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