3rd The one who will kill the strongest assassin~最強の暗殺者を葬るもの~
🐼
ゲートリバーが何やら甘ったるい声で話しかけると、キュイイとなにかの鳴き声が聞こえた。その瞬間、ゲートリバーの殺気が緩んだのをあたしは見逃さなかった。
(今っ!)
一瞬身をかがめ、そのまま背中に思いきりぶつかる。奴がわずかに体勢を崩したところでハイキックで拳銃ごと手を蹴り上げ、さらに背中に隠していたナイフを抜き出して心臓を一突きに……これは手首ごと押さえられた。だが、まだまだっ! 奴のもつれていた軸足を蹴り上げると、バランスを崩してあおむけに倒れこむ。そのままナイフごと体重をかけ、あたしも一緒に倒れこむ。
「もらった!」
ドスンとフローリングの床の上に二人で倒れこんだ。ゲートリバーの上にちょうど寄りかかっている格好、あたしは両手でナイフをガッチリと握り、渾身の力を込めてその刃先をジリジリとゲートリバーの胸に押してゆく。ゲートリバーは両手であたしの手首をつかみ、なんとか押し戻そうとしている。
「油断したわね、ゲートリバー、このまま死んでね!」
「死ぬわけにはいかないんだよ、今のオレは!」
お互いの殺意が渦巻き、交錯し、絡み合う視線が火花を散らす。
と、そこに小さな影がトコトコと現れた。
🐼
リビングからもれる明かりに照らされたそれは、アライグマを真ん丸にしたような愛らしい顔つき、シマシマのしっぽはふっくらとして、大きめの耳には白い毛がふさふさと生えていた。犬ともネコともタヌキとも違う。それは初めて見る動物だった。
「レッサーパンダさ」
「……レッサーパンダ……」
はじめて言葉を覚えた幼女のように、繰り返すしかなかった。
自然とゆるんだ握力で、ナイフがポロリとゲートリバーの胸に落ちた。
「……レッサーパンダ……」
「だからそう言ったろ?」
……とにかく可愛い! 渦巻いていたあたしの殺気が一瞬できれいさっぱり落ちてしまう。なにこの動物? なんなのこの可愛さの破壊力?
「これが、例のブツなの?」
「そうだ。こいつを見て、まだコイツをク・リーリンに引き渡せるか?」
と、そのレッサーパンダがスッと二本足で立ちあがった。さらに両手を耳に当てて、ゆらゆらと体を揺らしながら、ヨチヨチと近づいてきた!
🐼
「は、はぁぁっ!」
ゲートリバーがなぜか嗚咽のようなうめき声をあげた。
「な、なに? なによいきなり?」
「キラちゃん、おじちゃんのために怒ってくれてるの?」
「え? アンタ何言ってんの? それより、なんで耳に手を当ててんのよ」
「バカ野郎! 見て分かんないのか? 威嚇だよ! オレを助けるために、お前を威嚇してるんじゃないか!」
「ええ? そうなの? って、これ威嚇してんの? これが威嚇なん?」
威嚇と言えば……過去の様々な悪党顔の威嚇の表情がフラッシュバックで流れる。傷だらけのヤクザのいかつい顔、氷のような冷たい眼の暗殺者、不気味なサイコパスの薄ら笑い、そう言った面々の威嚇顔がさーっと流れる。
これ、全然違うやん! かわいいやん! かわいすぎやん!
ああ、言語中枢が関西弁に侵食されていくのがわかる。もう精神が崩壊寸前なのがはっきりとわかる。あかん、もう壊れてるかも……
🐼
「なにしてる? こいつが威嚇してるんだぞ、なんで応えてやらない?」
威嚇。そうか同じポーズで……ゲートリバーを尻に敷いたまま、耳に手を当てて同じポーズをとってみる。レッサーパンダはヨチヨチと体を揺らしながらその威嚇ポーズで近づいてくる。目線はほぼ一緒。威嚇してるんだろうけど、その可愛い顔とつぶらな瞳にほおが緩んでしまう。
「あ、あかんわ、なにコレ、かわぇぇ」
パタッと手のひらパンチが来たので、同じくお返し。「えいっ」「えいっ」なんていいながらパンチの応酬……というかハイタッチか、コレ!
と、今度は疲れちゃったのかバランス崩したのか、ゴロンと寝ころんでしまった。
「え? 終わったの?」
「違う! 戦いはまだ続いてる!」
ゲートリバーの言葉に、彼から離れてレッサーパンダの隣に寝っ転がり、またパタパタとゆるゆるパンチの応酬をひきうける。ふさふさでモフモフの体、プニプニとした肉球、間近に迫る愛くるしい顔。なのに目は真剣とかどうかしてる!
なんや、なにこの幸せ……胸にあふれる熱い想いは……
あかんわ……これもう、ぜったいあかんやつや……
殺伐とした心にきれいな水が流れ込んできた。
そんな感情が自分に残っていた事に驚いてしまう。
もう殺しのことも三億のこともすっかり洗い流されてしまった。
🐼
「分かっただろ? オレがブツを強奪した理由」
「納得やわ、コレは仕方ないわ」
ゲートリバーを解放すると、レッサーパンダはキラキラした目であたしの膝の上に乗ってきた。ええっ? ゲートリバーさんじゃなくて、あたしの膝に来てくれたん? 何で? いや、理由なんかどうでもええ! その暖かさと重みが全身にしみわたる。
「どうだ? アサシン?」
「もう、その名前で呼ばんといて」
レッサーパンダのキラちゃんが漆黒の瞳でうるうるとあたしを見つめキュイイと小さく、寂しそうに鳴いた。その背中をそっと撫でて答える。
「……ワカコ……霧崎若子。キリサキジャッコはもう死んだわ」
🐼
「そのようだな。これからこいつにリンゴを食べさせるんだ、やってみるか?」
「ええの? でも、ウチの手はもう血で汚れて……」
「もうアサシンはやめたんだろ? キラちゃんはキミの過去なんて気にしない。こいつな、リンゴを手に取って食べるんだ、それがまた可愛いんだよ」
「うん。やってみる」
二人でキッチンに移動すると、キラちゃんはそのすぐ後をヨチヨチとついてくる。リンゴとナイフを手に取ると、キラちゃんは二本足で立ちあがり、支えのために右手をちょこんとあたしの腿に乗せてバランスをとってきた。
ああ……可愛いがとまんない……たまらん……この微妙な重みが愛おしい!
「ええ子やねぇ、おねちゃんが、すぐ剥いたげるからね!」
もちろんナイフは得意。というより、ナイフ技術を磨いていたのはこの瞬間のためだったのだと今は分かる。さっと芯をくりぬき、空中に放り投げて一瞬で切り刻む。そのひと切れをそっと差し出すと、左手で受け取りシャクシャクと食べ始めた。
ああ、かわいい、かわいい、かわいい!
🐼
「分かったろ? オレが殺し屋をやめたわけ、あいつから逃げる理由」
「あたしも自分の気持ちに驚いてる。これからどないするん?」
キラちゃんはリンゴを食べ終えると、極太の自分の尻尾を抱いて眠ってしまった。
そんな可愛い姿を、ソファーに二人で並んで眺めた。
もうゲートリバーへの殺意はない。
あるのはこのキラちゃんといつまでも一緒にいたいという暖かな気持ちだけ。
「こいつは自然に還してやるべきだと思う。少なくともク・リーリンの元には戻せない。何年かかるか分からんが、それまで一緒にいてやるべきだと思う」
「そうね、たしかに何年かかるか分からない、その日までウチも付き合うわ」
「そういってくれると思った。キミに狙われてよかったよ」
「でも、まずはここから移動しないと。もっと強力な追っ手がかかると思う」
「だろうな、だがオレたちならなんとかなるんじゃないか?」
「そやな、なんなら組織を潰したってええし」
「頼もしいね、でもキミと二人ならできそうだ」
「違うわ、ウチとアンタとキラちゃんの三人なら、でしょ?」
キラちゃんの尻尾が夢を見ているのかピクリと動いた。そんな様子を二人でほほ笑みながら、そっと見守る。
🔫
そう。
アサシン稼業はもう終わり。
これからあたしはキラちゃんの最強のボディーガードになるつもり。
あたしたちに手を出す奴には容赦しない。
追ってくるなら、皆殺しは覚悟しといてや!
~終わり~
最強の殺し屋を殺す殺し屋を探す殺し屋 関川 二尋 @runner_garden
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