最強の殺し屋を殺す殺し屋を探す殺し屋

関川 二尋

1st Assassin lurking in the supermarket~スーパーマーケットに潜む暗殺者~

 女も四十を過ぎるといろいろと自由がきかなくなってくるもの。特に独身・一人暮らし・恋人もなし・仕事は派遣・趣味は酒、とフルに揃ってくると、いろいろと手遅れだな、と世間からの冷たい視線が突き刺さるようになる。


 付け加えるならあたしの本当の稼業は暗殺者アサシン。しかし四十を過ぎるとやっぱり体力も衰えるし、反射神経は鈍るし、肌の張りもなくなるし、見えない内臓も色々とガタがくる。体だけじゃなくて、最近のハイテク犯罪にはついていけないし、近頃の駆け出し暗殺者のサイコっぷりと職業意識の低さはもう理解できないし。


「そろそろ引退、考えたほうがいいんだろな……でも貯金もないし……はぁぁ」


 聞こえない独り言をため息に混ぜ込みつつ、いつものように髪をポニーテールにまとめ、支給品のエプロンを掛けて、朝礼に参加する。

 

   🔫


「みなさんおはよーございますぅ、本部勅令でリンゴの販促が始まりました。特に今年は高級リンゴに力を入れてます。ポップと陳列で地区売り上げナンバーワンを目指しましょう。ほな、霧崎チーフ」


 店長からのパスであたしは一歩前に出て、総勢六人の前で今日の挨拶をする。


「おはようございます。またインフルエンザがはやりだしてます。マスクはもちろんですが、自分の体調が悪い時は早めに申告してください、シフト変更します。なにか質問ありますか?」


「それって、急なシフトが入るってことですかぁ? あたし今月は無理ですけどぉ」

 と言い出すのは入ったばかりの女子大生バイト。指先でピンクの髪を巻きながら、ガムを噛んでいる。ガムはやめろって何度も言ってんだけど?


「そう言った希望もちゃんと聞きます。とにかく困ったときはお互い様、少しづつでも助け合って頑張りましょう。ほかに質問なければ朝礼を終わりにします」


   🔫


 という感じで、わたしは大阪の端っこにある小型スーパー『ニコニコマート』で派遣スタッフとして働いている。ポジションはチーフ、バイト学生や同じく派遣主婦のシフトを組んだり、本部への報告なんかを任されている。


 まぁそれなりにここで長く働いてきた。夜勤に耐える体力はあるし、容姿に関しても並みの上といったところ(自分でいうのアレだけど)、それと要領よく仕事をこなす器用さに、面倒な客のスマートなあしらいスキルもある。


   🔫

 

 朝礼を終えると店の裏でいつもの一服。タバコだけはどうにもやめられない。


(はぁぁ、最近は割のいいの仕事もないし……なんか一山ひとやま当てたいなぁ……そしたら引退して田舎に行ってスローライフで……はぁぁ、遠い)


「どーしたの霧崎ちゃん、ため息なんぞついて。悩みなら聞くで? 実は最近いいスペインバルみつけてな、よかったら今晩にでも二人で……」


 店長が喫煙所にやってきた。身だしなみをよくしているつもりだろうが、脂ぎった中年男性。スマホの待ち受けには満面の笑みを浮かべた家族の写真、そしてやたらと高い時計をチラチラと見ている。しかもコイツ、常に不倫のチャンスをうかがっているどうしようもないクズなのだ。


「それセクハラです。最近シフトがきつくて疲れてるだけです」

「そうなん? 遠慮しないでいつでも相談したってな。あとこれ、本部から『ニコマ通信』届いたから、掲示しといてな」


 ……その言葉にカチッとスイッチが入る。

 ということは、久しぶりの大商おおあきないになるかも!


   🔫


 世間的にはまったく知られていないのだが、このニコニコマートは大陸系マフィア『ク・リーリン』の経営する会社であり、食料品及び物販業以外にも闇社会の仕事を多数取り扱っている。殺人はもちろん、誘拐、強盗、死体処理に臓器の売買、いわば闇の仕事を総合的に扱うマルチ商社なのだ。


 暗殺の依頼というのもこの会社が発注する派遣仕事の一つであり、各店舗にはそんな風に身分を隠して闇の仕事をしている人間が必ず一人は入り込んでいる。闇の仕事は定期的ではないので、それなりに生活が不安定になる。この派遣制度は全国展開する殺し屋たちの貴重な副収入元となっているのだ。


 ちなみに全国展開するメリットはもう一つ、情報収集および情報伝達がスムーズにいきわたる点だ。たとえばターゲット捜索なら即日で日本全国をカバーするのだ。 


   🔫

 

 さて。タバコ休憩から引き揚げて、さっそくニコニコマート通信にざっと目を通す。各店舗に不定期に配信される『ニコマ通信』は当たり障りのないような記事ばかりだが、裏稼業の者だけが分かる暗号文が隠されている。

 その暗号文によれば、ボスのク・リーリンからを強奪した人間がいるらしい。最初に強奪した裏切者は筆頭若頭の『カノン』、だがそのカノンからさらにブツを強奪した『殺し屋』がいるという。オーダーはこの『殺し屋』から強奪されたブツを奪い返せというもの。報酬額はなんと三億円。


 大事なコトだからもう一度確認。

 三 億 円 !


   🔫


 しかしながら厄介な問題も当然ある。

 『殺し屋』の存在である。そいつの名前は『ゲートリバー』。


 この稼業に身を置くものとして知らぬ者はいない伝説級の『殺し屋』だ。顔・年齢はもちろんプロフィールは一切不明。噂では感情の欠落した、金のためにだけに働くキリング・マシーン。これまで二十人余りの『殺し』を成功させている伝説的存在。

 ただ腑に落ちないのは、ゲートリバーはプロ中のプロの暗殺者。これまで契約を違えたこと、裏切ったことは一度もなかったはずだった。もっともそれを言うなら『カノン』の裏切りもそうだ。あの忠犬の狂犬の裏切りも理解できない。


 そんな男たちに雇い主を裏切らせるという決断をさせたのは何か?

 そんな男が奪い取るほどのブツとは何なのか?

 

 ……とまぁ普通は興味を持つものだろうが、実のところあんまり興味はない。興味があるのは報酬額の三億円だけ。それだけあれば引退して豪華な暮らしができるというもの。素晴らしい、エクセレント!


   🔫


「で、なになに? ゲートリバーの手掛かりは、と!」  


【殺し屋はリンゴを大量に買う】

 ニコマ通信に隠されていたヒントはそれだけ。

(なるほどね。それでリンゴ販促キャンペーンだったわけだ……)


「……てか、このヒントでどーせっちゅうねん!」

 つい関西弁の独り言も漏れてしまう。興奮するとたまに出てしまう。これだけはあたしのパブリックイメージに合わない、ちょっと落ち着こう。


 そもそもリンゴを大量に買う客なんてそういない。ニコニコマートで買うとも限らない。この支店で買うとも限らない。それでもこれは千載一遇のチャンスだ。シフトを目いっぱい入れてレジに立つのが、今あたしにできるすべてだろう。


「気長に待つしかないか……」


   🔫


「霧崎ちゃん、夜勤おーきに」


 夜の九時を回ったところで、店長がまた声をかけてきた。バイトも派遣もみな帰った。店内にいるのは二人だけ。この店長、二人きりになるとなれなれしく迫ってくるので、いつもはシフトをずらしているのだが、今回ばかりは仕方なかった。


「いつものことです、バイトは夜のシフト組めませんからね」

「それより昼のことやけど、悩み事ならいつでも聞くで? 遠慮なく言ったってな。店員の悩みを聞くのも店長の大事な仕事なんやから」

「って、今日のニコニコ通信にもそう書いてありましたよね」

「なんや知っとったんかい。もっと深く従業員とコミュニケ―ションをとるべきやて。せやから君さえよかったら今度飲みに行こうや。ほら、いいバルを見つけた言うたろ? お酒を飲んで美味しいものでも食べて……」


   🔫


 ただでさえ狭いレジにいるのに、店長はこの空間にさらに入ってこようとしている。さらに肩にジトッとした手を置いてきた。


「店長、肩に触れるのもセクハラです」

「あ、ああ、すまんすまん。ついうっかりや、堪忍やで。そっかそっかこれもセクハラになるんやな。いやぁ最近のコンプラにはかなわんでホンマ」


(ああ、ククリもってたらなぁ、こいつの両タマをくりぬいたるのに……)

 なんて楽しく空想していた時だ。


「あの、レジいいですか?」


 魅惑的なバリトンボイスがあたしの頭の上から降ってきて、リンゴだけが詰め込まれた買い物カゴが目の前にドンと置かれた。


 そして客の姿を目にした時、あたしの中で暗殺者の血が騒いだ。これはもうほとんど直観だ。この男、間違いなく同業者。しかも凄腕。肌に張り付く空気で確信する。


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