第6話 新年の潮

 とある海辺の集落で聞いた話。


 その集落では、昔から新年に海の潮を汲んで、神棚に供える習慣があるそうだ。

 昔、ある若夫婦が、日付が変わってすぐに潮を汲みにいった。真夜中なので、夫が小さな桶に潮を汲み、妻がその手元を灯りで照らしていた。

 桶を引き上げる直前、ふと、なにか小さな黒いものが滑り込んだ気がした。

 しかし二人とも特に気にすることなく帰路につき、桶を神棚に供えると、その後すぐ床についたそうだ。

 次の日の朝、桶の中を覗いた二人は仰天した。

 小さな桶の中に、得体のしれない生き物が漂っていたのだ。

 それは中指ほどの大きさで、小さなナマコにもウミウシにも見えた。しかし気味の悪いことに、その全身は黒い毛で覆われていたのだ。二センチほどのその毛は柔らかく水中でなびいており、人間の髪の毛にそっくりだったという。

 二人は不気味に思い、桶の潮ごとその生き物を海に返した。ところがしばらくして、二人に異変が起き始めた。髪がどんどん抜けていくのだ。

 朝起きたとき、櫛けずったとき、ちょっと頭を搔いたときなどに、普通では考えられないほどゴッソリと抜けてしまう。

 なにかの病気かと二人で医者にかかったが、髪が次々抜ける以外はまったくの健康体だった。

 結局、暖かくなるころには二人の髪はすっかりなくなってしまい、二度と生えてくることはなかった。

 あのとき誤って汲み上げた不思議な生き物のせいだろう、と集落の人々は噂したそうだ。


 ・・・・・・・・・・・・


「それから新年の潮汲みは、みんな初日の出を拝んでからするようになったんよ」

 わたしにその話をしてくれた老人は、話をそう締めくくった。

 老人は、見事なまでの禿頭だった。

 視線に気が付いたのだろう、彼はつるりと頭をなでると「これは年のせいやな」と豪快に笑った。

 そこに、彼の妻らしき老婆がお茶を出してくれた。夏も近いというのに老婆は耳まですっぽり覆う毛糸の帽子をかぶっていた。

 暑くないのか問うと、「若いときからずっとですからねぇ。もうこれがないと落ち着かんで」と、にっこり微笑んだ。




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