第4話 売店の幽霊

 とある病院で聞いた話。


 そこは、戦後すぐに建てられたという古い精神科病院だった。

 その一階にある売店に、先代院長の妻の幽霊が出るのだという。

 先代院長の妻という人は、生前から意識が高いのかただ単に意地が悪いのか、判断に困る人だったらしい。

 かつて彼女は、わざとみすぼらしい格好で売店に行き、休憩中の職員の様子にこっそり目を光らせていたらしい。そして、彼らが人を見かけで判断せず、患者もしくはその家族に対して適切な対応をしているかどうかを視察していたのだそうだ。

 とある職員などは、院長の妻と気づかず「汚ねぇババァだな」と小声で悪態をつき、レジの順番を割り込んでいったらしい。

 そういった無礼な職員に対しては、有無を言わさず減給や降格の処分が下された。

 注意勧告程度ならともかく、制裁を加えてしまうとは職権濫用に他ならないのだが、処分された方も、人を見かけで判断した上に職員として、というか人間としてあるまじき言動をしてしまった自覚と後ろめたさがあるため、おおっぴらに抗議をしたところで言いくるめられてしまっていたそうだ。そういう時代だった、ともいえる。

 しかし、その真意はどうであれ、院長の妻は職員の質向上には一役買っていた、ということはできただろう。

 そして彼女は、死して十数年がたった今でもその視察を時々行っているらしい、というまことしやかな噂があった。

 数年に一度、理由の良くわからない降格人事があると、長年勤めた職員たちは「まだ出るのか」と顔を見合わせるのだそうだ。


 ・・・・・・・・・・・・


「その幽霊って、いつも決まった格好じゃないの?」

 わたしは思わず、話をしてくれた元看護主任に尋ねた。

「それが、違うみたいなのよねぇ。みんな、どれが幽霊だったかわからないって言うのよ。ほら、精神科って変わった外見の人が多いじゃない? たしかなのは、売店の客を邪険にした記憶だけ。そしてある日突然、降格人事が下るのよ」

 彼女は手にしたコーヒーの缶を弄びながらため息をついた。

「私たちが悪いってことなのかしらねぇ、やっぱり。……でも、死んでまでつくづく意地の悪いばーさんだと思うわ」

 彼女の名札には、なんの役職も記されていなかった。

 その理由には、触れないでおこうと思った。

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