-第二十九夜- Trick or Treat

 夜に村の中を出歩くのを許された子どもたちは、それぞれの家の扉を叩いた。

「トリックオアトリート!」

「お菓子をおくれ!」

「さもなくば悪戯をするぞ!」

 めいめい好きな怪物の装いで、扉の前で騒ぐ子どもたちを大人たちは温かく迎え入れて、前々から用意していたキャンディやクッキーをあげたり、恐ろしいおばけたち! とおどけてみせたりした。

「ほらルカ、もたもたすんなよ。ベンとコリンがもう行っちまったぞ」

「うん」

 吸血鬼の格好をしたアレンが、ルカを急かす。茶色いふわふわとしたオオカミの耳が頭からずれたのをなおしながら、ルカは足早にアレンに追いついた。二人の手にはジャックオーランタンを模したバケツが握られている。

 彼らの後ろを、猟師のダニエルがのんびりとついていった。村の灯りが灯されているとはいえ夜であるし、なにより子どもたちが本当に〝悪戯〟をしでかさないか見張らないといけないからである。度が過ぎないうちは、黙ってハロウィンのお楽しみを見守っているつもりだった。

「トリックオアトリート、トリックオアトリート!」

「お前が誰であれ、お菓子をねだるぞ!」

「お前が誰であれ、お菓子をくれなきゃ悪戯するぞ!」

 子どもたちがはしゃいで歌う。カボチャのバケツの中でキャンディが跳ね、小さなマントが翻る。扉を叩いて、光が漏れれば皺の刻まれた手、骨張った大きな手からお菓子が零れればそれを受け取り、笑い合った。

「おい、ルカ! お前ちゃんと言ってないだろ!」

「え、そうかな……」

 ルカはずっと、子どもたちの後ろにいた。ちゃんと皆に合わせてぽそぽそと言ってはいるのだが、アレンには聞こえていなかったらしい。しょうがねえな、とどこか不満げな顔で、アレンはルカを見つめた。

「ちゃんと言わねえと、ハロウィンのでんとーを守れないぜ。ほら次は――」

 そう言いながらアレンは周囲を見渡した。ふと、集落の離れにぽつんと一軒家が建っているのが見える。

「あそこ、お前行ってこいよ」

「え、でもあんなところに家なんて……」

「ぐずぐずすんな。おい、ベン、コリン。ちょっとダンの気を逸らせよ」

 アレンがにやりと笑えば、ベンとコリンも同じようにニヤリと口元を歪めた。すぐに彼らは行動を起こして、それを見つけたダンが

「こら、お前たち!」

 とそちらへと走って行く。

「……アレン」

「行くぞ」

 アレンの手がルカの手首を掴み、引っ張る。灯りの少なくなった道を抜ければ、一軒家の前に来た。

「……寝てるかもだし」

「お祭りの夜なのにか? 起こされても文句は言えないだろ」

 ルカが古ぼけた一軒家を見上げれば、アイビーのツタが壁を覆い尽くそうとばかりに茂っている。重たい扉は、きっと子どもの力では開けられないだろう。静まりかえったその家に、二人の子どもはさすがに、ごくりと唾を飲んだ。

「い、いいよ……皆のところに戻ろう」

「ばか、お祭りなんだぞ。オレたちがちゃんと全部の家を回らないと、その家は幸せな冬を過ごせないんだぞ」

 ひそひそと言い合ったものの、しびれを切らしたアレンが一瞬躊躇いつつ、ごんごんと拳で扉を叩いた。しかし、しん、と静まりかえって、何も返事はない。

「いないんじゃないかなあ……」

「まさか、だってさっき灯りがついてたし……ほら、お前もノックしろよ。ノックして、デカい声でアレ、言えって」

 アレンに背中を押され、ルカは渋々と拳を握る。こんこんと扉を叩いて、息を吸った。

「ごめんください、トリックオアトリート!」

「いいぞ、ルカ!」

「お、お菓子をくれないと……悪戯……」

「もっとはっきり言えって」

「お菓子をくれないと、悪戯するぞ!」

 震える声でルカが叫ぶ。周囲に声が響き渡って、思わずまわりを見た。静けさを取り戻した夜闇に、やはり誰もいないんじゃ、と後ずさりすれば。

 小さな音と共に扉が開いた。その隙間から漏れる光は、蝋燭の光とは違って、不思議な色をしている。おそるおそる、扉の隙間を見ようとすると、音もなく、美しい女の手が現れた。

「……ぼうや、悪戯をしてはいけませんよ」

 遠くから聞こえてくるような、微かで優しげな声で二人は呼びかけられた。その声に二人は顔を見合わせたが、すぐにアレンが返した。

「それならお菓子ちょうだい!」

「く、ください!」

「そうね、じゃあ……また一年よい子にするって約束出来るなら、お菓子をあげましょう」

「よい子って?」

「悪いことをしないこと、友を大事にすること」

「そんなの簡単だよ」

「人の物を取り上げないことも出来る?」

「う……」

 決まり悪げにアレンが頷けば、扉の向こうの女はくすくすと笑った。

「うん、よい子にするよ。アレンやベン、コリンとも仲良くするよ」

 ルカが答えれば、女はいいでしょう、と満足したのか、その美しい手から、キャンディを零した。不思議な輝きを放つそれが、二人のバケツに落ちていく。

「ありがとう」

「なんだこれ、見たことないキャンディだ!」

「……ルカ、私は見ていますからね」

 女の手がルカの頭を撫でる。その優しさに、ルカはどこか懐かしい心地になって、いったいあなたは誰ですか、と聞きたくなった。勇気を出して口を開き――。

「こらっ、はぐれちゃ駄目だろ!」

「やべっ」

 ダニエルやってくれば、アレンが声をあげた。はっとそちらを見れば、困った顔のダニエルが立っている。

「いくら村の中でも、勝手にはぐれたら危ないぞ。ほら、戻った戻った」

「はぁい」

「ダニエル、ありがとう。よいハロウィンを」

「――ええ、奥さんも。よいハロウィンを」

 女の声に応えたダニエルが子どもたちを促せば、アレンが渋々来た道を戻る。ルカも慌てて二人に続いたが、ふと、足を止めて家のあった方を見た。

 そこには何も無かった。ただの空き地で、そこに生えた草が夜風に揺れている。

「…………」

 カボチャのバケツの中身を見る。女から貰ったキャンディは確かにそこにあった。きらきらと宝石のように、不思議な輝きを放っている。

 それは夜明けまで、少年のカボチャの中で光っていた。

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