-第二十八夜- 血の赤
世間では私たちのことを不老不死と呼びますが、そのじつ、死ねないということはないのです。私の父というべき先代は五百年前に日光浴を試みて灰になり、祖父というべき先々代は、九百年前、二度と目を覚まさないという選択をしました。それをヒトは死と呼ぶのではないか、と私は思います。
私たちは代々、友と呼ぶべきものたちを定めてきました。先代には夜よりも黒いワタリガラス、先々代には影よりも疾い、黒き猟犬。私たちの血液を以て、永い日々を生きる契りを交わすのです。彼らはあるじに、絶えず寄り添って忠を示しました。
彼らは今も生きています。あるじが灰になろうとも、地下牢の棺桶の中、世界の滅びを待つだけの身になろうとも。ワタリガラスは五百年空を巡り、猟犬は九百年棺桶のそばに伏し続けています。
――私の友は、というと。
「旦那さま、僕は来年もここに帰ってきますから」
金色の目を丸くして、私の友は首を傾げました。魔法の薬のせいか、私はひどくぼんやりとした頭の中で、彼の言葉を疑いました。本当に? 今度こそ、私を離れていってしまうのでは? そんなことを考えてしまうなんて、私はどれほど愚かで矮小なものに成り下がっているのでしょう。
「はい、旦那さま。僕はずっとそのつもりなのです」
友人の言葉に私は小さく息を吐き、視線を彷徨わせました。夜のように柔らかな毛並みを撫でたくなり指を動かしてみるものの、私の手脚はごそごそと無秩序に動いて、そのうちの一つが、床を引っ掻くのです。
身体のありとあらゆる場所で瞬きをしている私――本当は誰にも見せたくない姿。獣であり、蜥蜴であり、荊を纏う蟲である、不老不死の血を持つ怪物。ヒトの模倣をしても隠すことのできない醜さを晒す私に、友人は優しく言い聞かせてくれるのです。
「だから気に病まないでください。十一月から数えてひとまわり、そうしたらまた僕はここに帰ってきますから、どうか、この屋敷で平穏無事に過ごしてください」
小さな囁きに頷きながら、私は手に持っていた小瓶の中身を呷りました。その独特な風味が私の喉を焼き、暫く何も言えずにいました。
――思えばあの時、私の血をあなたに与えていれば。
思考を堂々巡りさせつつ、私は深く深く、息をしました。曖昧だった己の輪郭がゆっくりと定まる気配。獣でもなく、蜥蜴でもなく、荊を纏う蟲でもなく、ヒトのカタチをようやく取り戻せたという、安堵。
「もうすぐハロウィンですね、旦那さま」
「ええ、はい……そうですね……」
気がつくと、友人が私の太腿に座っていました。そのすべらかな背中を撫でて、私は残された数日を思いました。
――この子に赤い血潮を与えていれば、私はこんなにも寂しくならずに済んだのだろうか。
上機嫌な喉の音が、私の耳をくすぐります。友人は気持ちよさそうに目を細め、私の指を受け入れていました。
――……彼の自由を犠牲にして?
「素敵なハロウィンにしましょうね」
「すてきな……」
「だって今年も、旦那さまを慕って皆がやってきました。きっと素敵な日になりますよ。生ける者もそうでない者も、旦那さまと過ごすハロウィンが大好きなのです」
友人の鼻先か私の顎に触れました。ひんやりとした冷たさに私はようやく、正気を取り戻せたような心地です。
「ハロウィンがあれば僕は戻ってこれますから。旦那さま、ずうっとハロウィンを続けてくださいね」
友人の言葉に、私は一度頷きました。無邪気な黒猫。その気儘さが、私はきっと永遠に好きなのです。
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