-第三十夜- 最後の晩餐
十月三十日の旦那さまは、起きてからというものの慌ただしく準備の仕上げをなさっていました。お客さまも同じく、そわそわと落ち着きがないご様子でした。
こういうときこそ、黒猫としては落ち着いていなければなりません。廊下のキャビネットに座ったり、招待もされていない鼠が忍び込んでいないかを見回ったり、屋敷中のカーペットの踏み心地を確かめたり。
そうして屋敷の忙しなさが落ち着いてきた頃、お腹が減ってきた私はキッチンへと向かうのです。
「そろそろ来る頃だと思ってましたよ」
キッチンには旦那さまがいました。明日のハロウィンを無事に迎えられそうなことに安心しているといった様子です。数日前の弱りようも、すっかり失せていたので私もほんの少し、ほっとしました。
「たっぷりがいいです、旦那さま。暫く口に出来ませんから」
「ふふ、そうですね」
旦那さまはほんの少しだけ、寂しそうに笑いました。しかしすぐに、いっとう白く輝く器にミルクを注いで、オークのテーブルの上、リネンのプレースマットに恭しく置きました。私は我慢出来ず、すぐに鼻先を突っ込みます。甘みのある飲み物に、私の喉は自然と上機嫌です。
「太陽により一日の長さは定められているというのに、時が過ぎるのはあっという間ですね」
旦那さまは紅茶をカップに注いだようでした。どこか感慨深げに呟く彼の言葉に、私は器から顔を上げます。
「――本当に。間に合いそうですか?」
「勿論。もういつでも三十一日になればよろしい」
古い椅子に座って、紅茶を嗜む旦那さまはどこか誇らしげです。僕も嬉しくなって、思わず尻尾をぴん、と立たせました。
ぱちぱちと竈の火が音を立てて、物思いに耽る旦那さまの白い頬を照らしました。魔法の薬を飲んでいた時のような、苦痛、煩悶はもはや見えません。ただ静かに揺れる火と紅茶の香りを楽しみながら、その時を待つ――。祈りにも似たその姿は、僕にとって誇り高きあるじそのものでした。
「君には随分と手伝ってもらいましたね」
「ええ、それが僕の数少ないお役目ですから」
口元のミルクを舐めつつ、僕は胸をはりました。旦那さまの指が僕の毛並みを優しく撫でます。耳の後ろをすりすりと撫でて、それから喉へ。それが数百年経っても変わらない、旦那さまの撫で方でした。
「幸せなハロウィンにしましょう」
「はい、旦那さま」
僕がにゃあ、と一声応えれば旦那さまは嬉しそうに笑いました。
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