-第二十六夜- カボチャ畑

「さまよえるたましいの皆様」

 目の前に浮かぶ人魂にそう声をかければ、それらは嬉しそうに跳ねました。行儀の良い方々です。

「ようこそ我が屋敷においでくださいました。まずはお待ちかね、カボチャ畑にご案内いたします」

 それではついてきてくださいね。ランタンを掲げながら庭を歩いて行きますと、彼らもふわふわ、ふわふわと私のあとをついていきます。十月も終わりに近づいて、冷たい空気が私の頬を撫でています。さまよえる魂の皆様を引き連れて、目的のカボチャ畑へと歩いて行くと。

「幽霊と人魂の違いってなんだ?」

 どこからか、ギュスターヴ君が私の隣に現れました。ちらりと後ろの人魂たちを見やったあと、私に聞いてきます。

「違い、と言われると難しいですが」

 急にやってきた彼に、私はいちど視線をやりました。彼の姿は相変わらず透けていますが、生前の姿そのままでした。

「彼らはさまよえる魂なのです。だから、生きていた頃の姿に戻れない。自分が何者だったのかを忘れてしまっていますからね」

「つまり……俺の死体――というか骨か。それが海底から引き上げられる前の状態と同じってこと?」

「そうなります。つまり、あなたがギュスターヴ君である、ということを自覚していれば幽霊として、この世界に在ることができる」

 ふうん、とギュスターヴ君が納得したように頷いて、そして片眉を上げました。

「どうしてこいつらは、自分を自分だと自覚出来ないんだ?」

「ヒトの死には色々あります」

 人魂のひとつが、私たちのまわりを漂っています。私は言葉を探して。ギュスターヴ君は私の言葉を待っているようで、ほんの少しのあいだ、沈黙が生まれました。

「――……要は、受け入れているかどうか。あなたを例としましょうか、ギュスターヴ君。あなたは大陸へ向かう船に乗って、その船もろともに沈みその生を終えた。その瞬間、あなたはあなたの死を受け入れられずに魂をその死体に留まらせた。しかし肉体は滅ぶものです。海の底で肉体を失った後に残るのは……」

「死を受け入れられないままの魂ってことか」

 目の前にカボチャ畑が見えてきて、私は歩みを止めました。大きなカボチャの上に、私の友人である黒猫が毛繕いをしながら座っています。

「旦那さま、生きたヒトの姿は見えませんよ」

「ありがとう、では早速……」

 私はランタンを頭の上にかざし、その光でカボチャ畑を照らしました。すると私たちの背後で浮いていた人魂たちが、我先にとカボチャ畑へ向かっていきます。ひとつのカボチャにひとつの人魂。するとカボチャに可愛らしい目と鼻と口が浮かび上がって、立派なジャック・オー・ランタンの姿になりました。

「ハロウィンには、さまよえる魂にもカタチを与えるようにと……代々の決まりです」

「だからやってきた人魂をカボチャ畑に案内するのか」

 カボチャに入った人魂たちは、嬉しそうな笑顔で仮初めの頭を浮かばせます。夜闇にいくつも、カボチャの頭が浮かんでいるのを見ればきっと生きた人間は驚いて、震え上がるに違いありません。

「……彼らがあなたみたいに、受け入れられればそれが幸いなのですが」

「そうだな。でも、これはこれで賑やかで楽しいんじゃないか」

 のんびりとしたギュスターヴ君の言葉に、私は曖昧に頷きました。そして足下に来ていた友人をちらりと見ました。友人は興味深そうに、浮かぶジャック・オー・ランタンを眺めています。

「気が済んだら、屋敷に入ってくださいね。日が昇る前にですよ」

 私は喜びの中にいる彼らに言い伝えて、もう用の無くなったランタンの灯りを消したのでした。

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