-第二十三話- 蜘蛛女

 お客様がお困りでないか見回っていると、きゃらきゃらと楽しそうな笑い声がラウンジから聞こえてきます。

 気になったので覗いてみると、そこには二人のお客様ーー一人はレイチェル嬢、そしてもう一人は蜘蛛の下半身を持つ淑女、シャーリー様がいらっしゃいました。

 蜘蛛女のシャーリー様。十月の初め頃に私の屋敷を蜘蛛の巣で着飾ってくれた蜘蛛の女主人であるお方です。普段は森の奥で一族と共に静かに暮らしていますが、その正体は私たちの間では名の知れたデザイナーなのでした。

「これも最高! あーしが十人ぐらいいるでしょ、これ! それかハロウィンが三百日ぐらいいる」

「レイチェルさんにそんなに気に入っていただけるなんて……」

 シャーリー様が持ってきた新作のお洋服を両手に、レイチェル嬢は姿見の前ではしゃいでいます。その隣ではいくつかの脚をもぞもぞと気恥ずかしげに動かしながら、シャーリー様ははにかんでいました。

 お客様のお楽しみを邪魔してはいけないと、私は音を立てないようにその場を離れようとすれば、どこか幼く見えるシャーリー様のかんばせ、いくつかの黒い目が、きょろりとこちらを向きました。

「エリオット様!」

「失礼、邪魔をしてしまいました」

「なに、エリオもドレス見繕いにきたの?」

「いいえ、私はあなたの笑い声を聞いて様子を見に来ただけですよ」

「エリオはねー、どれがいいかなあ」

 私の返答を受け流して、レイチェル嬢は私に合う服を探し出します。――何故彼女が女性ものを漁っているかはともかく、私はシャーリー様に向き直りました。

「今年も屋敷の飾り付けをありがとうございました。とても恐ろしくて素敵ですよ」

「彼もようやく一人前になったので、はりきったのでしょう。お気に召したなら嬉しいです」

「ねー、エリオ! ピンクと黄色、どっちが好き?」

「レイチェル嬢、その二択しかありませんか? それで……シャーリー様は最近どうですか? 相変わらずお仕事が忙しそうですが……」

 レイチェル嬢のかたわら、私はシャーリー様に伺いました。すると彼女は柔らかく微笑んで、そうですね、と鈴の鳴るような声で語り出します。

「仕事のほうは相変わらずです。でも苦ではないのです……皆さんに私の作った服が愛されてると思うと、もっと頑張ろうって思います」

「それは良かった。あなたのお洋服を着て、パーティーに参加する方も多いですからね」

「最近はというと……ああ、子どもが生まれましたよ」

 私は彼女の言葉に軽く眉を上げました。続きを促せばうっとりとした顔を向けてきます。

「一族で私の次に上手な機織りとの子どもです。きっと良い腕を持ってくれるでしょうね……もしそうなったらきっとあの人も喜んでくれます」

 やや陶酔気味に語るシャーリー嬢の手が、自らの腹部をさすります。私はそろりと目をそらし、レイチェル嬢の方を見ました。(待って下さい、本当にそれを私に?)

「きっと喜んで下さいますよ……」

「あー! クロぴ!」

 レイチェル嬢の声と共に、小さな鳴き声が聞こえてきました。レイチェル嬢の手の内には、私の友人が憮然とした顔でいます。

「そうだ! クロぴもおめかししよーよ! ね、しゃーりん!」

「猫さん用のお召し物ですか? 作ったことはないですが……楽しそうです」

「それじゃあサイズはかろ! いくよクロぴ!」

「僕に拒否権は?」

 本猫の抗議も空しく、レイチェル嬢は嵐のようにラウンジを出て行きます。片付けをするか少し迷っている素振りのシャーリー様に、こちらにおまかせをと告げれば嬉しそうに笑って、脚を動かして彼女も出て行きました。

 私は友人の無事を祈りつつ、可愛らしいお洋服を片付け始めたのでした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る