-第二十二夜- キャンドルライト
夜のとばりが下りはじめるころ、ぽつ、ぽつ、と村のそこかしこで蝋燭の灯りがともりはじめた。道の傍らにも、分かれ道に転がる石の上にも、この村で暮らす人々が憩う広場にも小さな蝋燭の火は柔らかく揺れて、集った人々の輪郭を浮かび上がらせていた。
この夜ばかりは子どもたちも外へ出ることを許されていた。静かにするようにと親に言いつけられたが、殆どの子どもたちは非日常的な村の光景に心を躍らせ、光の中ではしゃいでいる。
少年ルカは、そんな彼らをぼんやりと眺めていた。低い石垣に腰掛けながら同じ年頃の子どもたちが走る様子から目をそらし、身につけていたロケットペンダントに触れた。小さな枠の中で、若く美しい女がこちらに微笑んでいる。彼女こそが既にこの世にはいない、ルカの母だった。
――ハロウィンの頃に、霊魂たちは還ってくるという。
この小さな村にはハロウィンが近づくころ、蝋燭を灯す夜がある。そういった風習はいつからあるのだろうか、ルカが物心ついた時にはすでにあった。その由来を子どもたちが聞けば大人たちは首を傾げた。
村で一番長生きだったアビー婆さんに聞いたこともある。
「ハロウィンに間に合うように、蝋燭の灯りをつけて目印にしてやるのさ」
「誰が?」
「あすこへ向かうすべての者たちさ、お前の母さんもいるかもしれないねえ」
あすこ、がどこなのか、アビー婆さんはついに語らなかった。もしかすると彼女も、〝あすこ〟へ向かっているのかもしれない。ルカは、自分も早く〝あすこ〟に行ければいいのにと思っていた。少年の父は都会に仕事に出て、もう何年も帰ってこない。母方の祖父母と暮らしていて、彼らは優しかったが、ルカはいつも寂しかった。
――母さんのたましいが、見えたらいいのに。
あの蝋燭の火に照らされて、影でもよぎってくれたら、それだけで寂しい思いが幾分か減るというのに、それさえも無い。村に灯る蝋燭の火は、生きた者たちしか照らさない。……では、どうして。
「おい」
「わっ」
後ろから声をかけられ、ルカは驚いて石垣から転げ落ちそうになった。恐る恐る振り向けば、そこにはアレンが立っていた。また形見を取られるのじゃないかとルカは恐れて、思わずその手の内のロケットをぎゅ、と握りしめた。
「相変わらずビビりだな。弱虫」
「…………」
アレンの吐き捨てるような物言いに、ルカは唇を噛んだ。どうして彼は、いつも酷いことを言うのだろう。でも言い返したりなんかしたら、きっとまた、母の形見を取り上げられてしまう。そんな予感がして、ルカは黙ったままだった。ルカのそばに置かれた蝋燭は、その恐れをありありと照らしていた。それを見てアレンは、苦虫をかみつぶしたように顔をしかめ口を開いた。
「……なんか言えよ」
「な、なんかって……別に、……」
「言いたいことを言わねえから弱虫になるんじゃねえの」
「…………」
断りもなく、アレンはルカの隣に腰掛けるのを見て、ルカは身体を強ばらせた。形見を隠すルカの手にちらと視線を向けて、少年は口を開いた。
「……この前はごめん」
こんなにも静かな夜でなければ、聞き逃していただろう。アレンの謝罪に、ルカは目を見開いた。彼が謝ってくるだなんて、思っていなかったからだった。どう返せばいいのか分からずに、やはり何も言わないままでいるルカをちらりと見て、アレンは唇を尖らせた。
「じゃあな、おやすみ」
「あ、うん、おやすみ……」
アレンが石垣から下りて、走り去っていく。蝋燭に照らされていた彼の影は、やがて闇に紛れ見えなくなってしまった。暫くルカはその先を見つめていたものの、やがて手を開き、自分の大事なものをまじまじと見つめた。柔らかな光に照らされて、その輪郭は揺れていた。
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