-第十九夜- 毒リンゴ
第十九夜 毒林檎
私は手紙を読み終わり、目の前に置かれた木箱をちらと見やりました。その中には林檎……蜜たっぷりの毒林檎たちが妖しく輝いています。
「こんなに送ってきていただくなんて、なんだか申し訳ないですね」
ぽつりと呟いた私の傍らで、友人が小さく首を傾げます。
「どなたからのお届け物なのですか?」
「ほら、あの魔女様ですよ。去年にも毒林檎を沢山持ってきてくれた方、覚えていますか?」
「はい。あの元気なご年配の……」
尻尾をふりふり、記憶を辿る友人に私は頷きました。あのエキセントリック――お元気な老婆の姿は私の記憶も、友人の記憶にも新しいものです。それゆえに、今年は来られない事に些か寂しさを覚えました。
「夏至ごろから体調が芳しくなく、今年は不参加だという手紙がついていました。お詫びとして毒林檎をいつもより多めに送るということで」
「ずいぶんとお年を召してらしたような?」
「ええ、今年で百三十九歳になるとか」
木箱の中から一つ、毒林檎を拾い上げます。丸く、真っ赤な林檎ですが蝋燭の灯に照らされれば微かに髑髏の影が見えます。これが恐ろしい顔であればあるほど、おいしいと魔女様が笑うのを思い出しました。
「では来年、盛大に百四十歳をお祝いしたいですね」
友人の言葉に私は頷きました。それまでに元気でいてくれればいいのですが。――と、私は手紙に愛らしい文字で追伸が書かれている事に気がつきました。
うちの曾孫が、今年は少し遅くなると言っていたよ。盛大に出迎えておくれ。
その言葉に、私はああ、と軽く声をあげました。確かに、毎年だいたい一番か二番かにやってくる彼女がまだ到着していないことに気がついたのです。
「レイチェル嬢がまだでしたね」
「ああ、あのスピード狂い……今年は静かだと思っていたのですよ、そもそもまだ着いていなかったんですね」
友人が珍しく皮肉っぽく言い、私は思わず苦笑いを零しました。友人はあまり、魔女様の曾孫さんを好ましく思っていないようです。理由に大体の見当がつきます。
さて、と私は腕まくりをします。
「毒林檎パイを作りましょう。でも使い切れませんね……」
「僕、毒林檎ジャムも」
「ああ、いいですね。紅茶に添えて――」
私は友人に振り向き、言葉を失いました。木箱にちょこんと座っている友人の身体がうっすらと透けて、その小さな身体の奥で林檎が行儀よく並んでいるのが見えたからです。
「旦那さま?」
「……あ、ええ、いえ……」
友人が不思議そうな顔で首を傾げたのに、私は声を上擦らせながら答えました。ゆっくりと瞬きをして、もう一度彼を見ます。今度は友人の黒くて艶やかな毛並みが夜闇のようにそこにありました。
私は深く息をつきました。甘い香りが鼻先を掠めます。その芳香に溶けた毒のせいで、頭の奥が微かに痺れるようでした。
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