-第十八夜- 呪いの人形

「ご主人様、ひどいかお!」

「ひどいかお!」

 書斎で雑務をこなしていると、くすくすと響いた幼い笑い声に私は顔をあげました。目の前には二人のビスクドールがふわふわと浮かびながら私を見つめていました。

「そんなにひどいですか?」

「ええ、まるで狼男に殴り殺されたニンゲンみたいよ!」

 可愛らしいドレスを着た人形――シルヴェーヌが、書類だらけのデスクに降り立ちます。遠慮なくそれらを踏み荒らしつつ、お淑やかに座る〝彼〟は小さく首を傾げました。

「ご主人様は吸血鬼なのにね! 誰かにこっぴどくやられた?」

 もう一人、赤いシャツと半ズボンを着た人形もシルヴェーヌの隣に胡座をかきました。〝彼女〟はギデオンという名前です。彼らの下敷きになった書類を眺めながら、私は一息吐くべくティーカップを摘まみ上げました。

「まあ、そんなところです。それでどうしましたか? 何かご要望でも?」

 二人にクッキーを手渡せば二人は顔を見合わせ、そしてやはりころころと悪戯っぽく笑いました。クッキーを受け取り、かた、と口を開いてそれを貪る子どもたちの言葉を待ちます。やがてシルヴェーヌが声を上げました。

「僕たち、ねえ、ご主人様が心配で来たの!」

「そう! あたし達、ご主人様が狼男なんかに殺されるなんて嫌なんだ! だってあたし達のオモチャがいなくなるなんて、つまらない!」

 彼らはかつて、名の知れた呪いの人形でした。そうなってしまった原因については、ここで語るつもりはありません。有名と言われている理由は至極単純です。持ち主で遊んで最終的には破滅させる――そういった遊びが大好きな子どもたちでした。

 今はあるきっかけで、私が持ち主です。最初はひどいものでした。寝込みを襲われるなんて日常茶飯事で自分の身体が人形になりかけた時は流石に悲鳴をあげたものです。彼らは彼らで、吸血鬼である私を呪い殺せないと理解するや、壊れないオモチャを得たとばかりにこうして気まぐれにちょっかいを出してくるのでした。

 そうして彼らは、長年、ここの客人で居続けています。

「ご心配には及びませんよ」

「つまらないわ!」

「つまんないよ! もっと苦しんで」

 ギデオンの言い草に私は思わず苦笑いを浮かべます。生憎、彼らの目の前で弱々しくなるようなサービス精神は持ち合わせていません。そんな隙を見せてしまえば首を絞められるか(まだ少し痛みます)、彼らより小さな人形にされてバラバラにされるか、とにかく、良いことはないのです。

「旦那さま」

「キャーッ、来たわ! 奴よ!」

「邪魔ものがきた!」

 やってきた小さな影に、二人は悲鳴をあげました。そちらを見れば尻尾をゆらゆらと揺らしながら友人が部屋に入ってきます。そしてばさばさと書斎が散らかると同時、二人の人形はどこかへと失せてしまいました。

「……お邪魔でしたでしょうか、旦那さま」

「いいえ、良いところに来てくれました」

 私は床に落ちた書類を拾い上げながら、友人を労います。そうですか、と遠慮がちにデスクにのぼればくるくると喉を鳴らしました。

「まだ痛みますか?」

「少しね」

 私は友人の頭を撫で、小さな息を吐きました。少々無茶をしすぎた己を自嘲する私を友人はじっと見つめます。

「旦那さまは死にません。でも痛いのは嫌でしょう」

「もちろん」

「僕も旦那さまが苦しんでいるのを見るのは、嫌です」

「……相変わらず優しい猫ですね、君は」

 私は思わず、友人の狭い額に軽く口づけました。冷たい肉球が、私の頬に触れます。ちょうど、狼男に引っかかれたところでした。

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