-第十七夜- 狼男
月の光に晒されて、獣の輪郭が膨らむ。丸まっていた背がみしみしと音を立てて、盛りあがっていく。四肢を縛っていた荊は弾けるように千切れれば怒りに満ちた咆吼が空気を震わせた。がっしりとした後ろ足で立ち上がるその姿は暴虐そのもので、思わず、エリオットが後ずさりすれば、風が吹いた。
まずい、と思った時には狼男――ダニエルの一撃を受けていた。鋭い爪が腹を裂けば鮮血が噴き出し、草むらを濡らす。
流石に痛い。吸血鬼は顔を顰め、思わず膝をつく。少し中身が出てしまった気がして濡れた感触に呻いたが、濃くなる影に、はっと前を見上げた。
二つの琥珀が輝いている。うっとりするほどに美しい輝きのそれが己をじっと見つめ、残酷な熱を孕んでいる。エリオットは己の奥底が震え上がり、無いはずの熱が灯るような心地に襲われた。
腕を引っ掴まれ、ぐんと持ち上げられる。肩の痛みに息を吐けば、大きく裂けた狼の口が歪み、その隙間からぞろりと並ぶ牙が見えた。
「……なんです、こんな吸血鬼……食べてもおいしくありませんよ? 君、そんなに飢えているんですか?」
馬鹿にするようにエリオットが言えば、その声色に嘲りを感じ取ったのか狼男の顔に怒りがよぎった。怒りにまかせて捕らえた獲物を地面に叩きつける。――エリオットは自分の中で嫌な音がしたのを聞いた。
――ハロウィンが近いんですよ! 加減しなさい、お馬鹿さん!
痛みの中で吐いた悪態も声にならない。黒い霧になって逃れようにも、狼男はそれを許さないとエリオットの腕に爪を立てていた。
滲む視界の中で、月は眩しい。綺麗だと思うが、それをこの友人が永久に感じ取れないことを考えると忌ま忌ましくも思えた。どうして月は彼に酷い仕打ちをするのか、何故太陽は私を拒むのか。そんなとりとめもない事ばかりを浮かばせていると、琥珀色がエリオットを射貫いた。
喉に痛みと、熱がほとばしる。湿った熱が顔の近くにきて吸血鬼は思わず顔を顰めた。ついに友人の牙が己の喉に食らいついたのだと、悟った。
――……仕方ないですね。
朦朧とした意識のまま、エリオットは言葉なく呟く。指先から己の存在がほどけていくような感覚に身を任せれば、異変を察知したのだろう、狼男はすぐに彼を手放し、飛びすさった。どさりと地面に落とされたエリオットの身体が溶けたと思えば、狼男の眼前に巨大な黒い影が現れた。この世のものとは思えないような姿はまるで獣であり、蜥蜴であり、荊を纏う蟲であった。狼男はそれに向かってもう一度吠えた。これが己の獣性を満たしてくれる存在なのだと、直感したのだ。
応えるように黒い影もその巨躯に無数の赤い目を浮かばせ、吼える。月が煌々と二体を照らし、その魂を更に狂わせようとしていた。
カーテンの外では、既に朝の喜びが満ちているようでした。
私は大あくびを零しながら、私室でダン君の手当を受けていました。喉に食い込んだ牙の痕のせいで、喋るのにも一苦労です。
「……ハロウィンの前なのに、どうしてこんな無茶をしたんですか、旦那」
気落ちした声で私の腕に包帯を巻くダン君は、粗相をしてしょげる犬のようです。私が思わず笑えば、みしりと肋骨が軋んだらしく呻くしかありません。少々怒った顔で抗議する彼も、ひどく傷ついていました。幸い、お互い傷の治りは驚くほど早いので、私はさほど悪いことだとは思いません。
「友人に頼まれたことを欠かしたくないですから」
「だからと言ってお互いこんなにボロボロになるまでやりあうこと……旦那ほどの御方なら、俺なんて――」
私はダン君の言葉を制し、不満げに黙りこくった友人に私はどう答えたものかと思案しました。琥珀色の目がじっと、私を見つめていることに気がついて、私は傷が痛むまま、小さく笑いました。
「私だって大暴れしたいときぐらいありますからね。特に月の綺麗な夜は――」
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