-第十五夜- 魔法の本
「困りました。これは」
眉を下げて、本が飛び交う図書室に佇んでいます、旦那さま。ふかふかとしたソファの上に座って、頭の上を羽ばたく本を眺めているのは僕です。
言いたいのでしょう、本が羽ばたくはずがないと? 飛ぶんですよ、実際。普段は困らない、本が好き勝手に飛び交っても。でも厄介なことになりました。それだけじゃなかったから。
「変です。言葉が。喋っているつもりなんですが、ちゃんと」
「モゾモゾしますね、なんだか尻尾が」
「あの本でしょう。犯人。ごらんなさい。ページを。ぐちゃぐちゃの文章……。はやくしないと、なんとか」
旦那さまはため息を吐いて、シャツの袖を腕まくり。よし、と珍しく気合いを入れて登るのは梯子。まるで鳥のように羽ばたく、本がばたばた。からかってるんだろうな、旦那さまを。
「すみませんあの」
「旦那さま、どうしましたか」
「下がっていますか、上っていますか、私は梯子を」
上っていたはずです。しかし、下がっています、彼は。大きいコウモリに見える。
ぐちゃぐちゃになってきました、図書室も。ねじれる棚が、窓から外が。そろそろ人間になるかも、僕が。もしかしたら。
好き勝手に飛びます、本は。手を伸ばして、捕まえられない。とろくさいな、旦那さま。
「何か言いましたか、今!」
「ノー」
言ったつもりなんです、ニャーって。
「この屋敷の主として命ずる! 戻れ!」
響いたのは旦那さまの怒鳴り声。震える空気のあと、しんとしてしまいました。ようやくとまったのです、みんな。
はーい
それだけをページに記して、ぱたん、と音を立てて本は閉じました。
「やれやれ……」
ソファに座る旦那さまはぐったりとした様子で、手にした本を撫でていました。図書室はすっかり元通りになって、普段の静寂を取り戻しています。
逆立った毛並みを舐めながら、僕も落ち着きを取り戻していました。
「ハロウィンが近いから、はしゃいじゃったのでしょうか」
「まあ、それもあるでしょうね……あとは……」
旦那さまはちらりと窓を見やりました。そこには立派なお月様が浮かんでいます。ほとんど満ちていると言ってもよいでしょう。
「明日は満月です。あれほど月の光が強ければ、本だっておかしくなるのでしょう」
ぼやく旦那さまはどこか浮かない顔をしています。本ではなく、別のなにかを思っているように私は思えました。
「君、今日のうちにお客様がたに伝えてください。明日は満月なので、気をつけるように……夜であっても外には出ないように、と」
「はい、旦那さま。きちんとお伝えしますから」
旦那さまに命じられ、僕は尻尾の先を揺らします。立ち上がって本棚に向かい、手にしていた本を恭しく元の位置へと戻す旦那さまに、問い掛けました。
「旦那さまは、いかがされますか」
「……予定があります。朝になるまでには帰りますが」
窓からの光が旦那さまと書物たちを照らして、影を濃くしていました。
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