-第十四夜- ガイコツ

 屋敷の近くにはちょっとした泉がありました。魚も泳いでいて、釣り糸を垂らすには申し分ない場所です。

「いかがですか?」

「いや、なかなかだね」

 岩に腰掛けながら、魚をかかるのを待っているお客様に声をかければ、彼はカラカラと笑います。もう笑う肉も皮膚も持たず、骨だけの姿ですが私には彼が上機嫌であることが手に取るように分かりました。

「肉と皮を捨てて良かったと思うよ。なんだか身が軽くなったようでね。第二の……いや、第三の人生と言うべきかな」

「ずいぶんと思い切ったと思いますよ、イヴァーノフさん」

 彼はイヴァーノフ氏。そう、あのゾンビのリチャード君の社長だった御方です。

 彼が数日前に屋敷を訪れた時、私は最初、人違いをしました。だって腐っていたとしても肉と皮がついていた時と比べて、骨だけのすっきりとした姿になっていましたから。

「リチャード君が嘆いていましたよ。あなたと一生働けると」

「あいつには悪いことをしたと思ってるがね。しかしまあ、上に居すぎると腐ってしまうものも、あるのだよ……オレは身軽になりたかった」

 水面に垂らされた釣り糸を眺めながら、イヴァーノフ氏は言いました。――身軽。私には縁遠い言葉です。

「〝二度の死はありえないが、一度は避けられぬ〟……私の故郷のことわざだ。だから悔いの無いように精一杯やろうという励ましの意味を持つのだが、死んでからもがむしゃらに働いた先を考えてしまったのさ。一度考えてしまうと……少し休みたくなってね」

「それで、ゾンビを辞めた、と」

「まあ、これきりだろうな。肉も皮膚も土に還ったし、次になるとすれば燃え尽きて灰になるしかない。その前にやりたいことは沢山ある。こうして釣りをしたり、犬と追いかけっこをして遊んだり……共同墓地カタコンベで瞑想もいいな。そうしたら何か、やりたいことも増えるかもしれない。その合間に君の屋敷を訪ねて、ハロウィンを楽しむのさ」

 彼の言葉に私は思わず、にやりと笑ってしまいました。肉と皮膚を捨てて骨だけになっても、彼の性格はまったく変わっていなかったからです。

「もしかするといつか、肉と皮を捨てたことを後悔するかもしれない。だがそれがよぎったとして、でも骨だけになったからこそと言いたいものだ」

「二度の死はありえないが、一度は避けられぬ……」

 私がぽつりと呟けば、イヴァーノフ氏は頷きました。するとその手に持っていた釣り竿が、ぴくりと揺れたのです。すぐに釣り糸はぴんと張って、水面下の存在は彼を引き込もうとしているのが分かりました。

「おっ、でかいぞ! エリオット君、手伝いたまえ!」

「相変わらず、吸血鬼つかいがお上手ですね」

 私は釣り竿を支え、イヴァーノフ氏を手伝いました。やはり骨だと力が足りんなあ、と彼はカラカラと笑い、それとの駆け引きを楽しんでいるようでした。

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