-第十三夜- ゾンビ

 群れていれば悩みは生じるもの。それは人間だろうが獣だろうが、ゾンビだろうが変わらないものです。

「本当に突然だったんです!」

 昼間の雨が濡らした空気は、夜になるとひんやりとしていました。バルコニーのテーブルで私と客人は語り合っているのですが、開口一番、彼から出たのは嘆きの言葉でした。

「上手くいっている、と聞き及んでいましたが……」

 私は紅茶を味わいながら、目の前の客人――ゾンビのリチャード君に問い掛けました。彼は酷く気落ちしていて、今にも身体の一部が落ちてしまうんじゃないかと心配にすらなります。

「今も上手くいっていますヨ。ジョン・ドウ株式会社……派遣会社としテはゾンビ界最大手です! なンせ死んでても働けるんですから。僕たちソれが強みで……」

「それなのに、あなた方の社長がある日突然退任した、と」

 私の言葉にリチャード君は頷きました。目の前のケーキを一口食べ、大きなため息を吐きます。

「ずっと社長の下で働けると思っていタんです。それこそ永遠に! でも社長が突然……『この会社はもう立派になって、オレがいなくても大丈夫になった! 今日付でオレは辞職する、社長はお前!』って、僕を……」

「つまり、今の社長はあなた?」

 リチャード君はもう一つ頷きました。その拍子に左の目玉が取れかけて、彼は慌ててそれを元の位置に戻します。

「僕は社長だなんて、そんな器じゃないンです……今は皆が支えてくれテ、あの人が退任する前に許可を貰った新事業も順調ですが……あの人みたいになンて、なれっこないですヨ……」

 リチャード君は生前から少々気の弱い人間だったそうです。それはゾンビになってから変わらずで、彼の上司――つまり、前社長はそれを嘆いていたのを私は知っていました。

「失敗しても死にはしナいんだから、って社長は言ってくれたんですけど、そりゃそうですよ! 僕たちもう死んでるんだかラ! それにしたって……」

「〝二度の死はありえないが、一度は避けられぬ〟」

 私は思わず前社長がよく口にしていた言葉を零していました。その言葉を訊いて、リチャード君はぽかんとした顔で、私を見つめます。

「まあやってごらんなさい、リチャード君。イヴァーノフ氏の言うとおりですよ。折角、彼が君を信頼してその座を渡したのですから……駄目でも何度でも起き上がればいいのです、ゾンビみたいに……」

「そう、でしょうか……」

「ええ。やってみるべきです。七転び八起きということわざもありますし、きっと大丈夫ですよ」

 私の言葉にリチャード君は暫く考え込み、目の前のケーキをじっと見つめていました。ゾンビにしては思慮深い彼は、私の言葉とイヴァーノフ氏の言葉を反芻して、やがて頷きました。

「考えすぎるのも、考えものです」

「そのとおり」

「…………やってみます」

 彼の言葉に私は、大きく頷いて紅茶を飲み干しました。これでイヴァーノフ氏からの頼みを成せそうです。

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