-第十一夜- パンプキンパイ
パイ生地と共に焼かれた黄茶色のカスタードは、しっとりと滑らかで、それを見た私は年甲斐もなくうきうきとしてしまいました。
「おいしそうですね」
「キッチンを貸していただいて感謝していますわ、エリオット様。どうかお召し上がりになってください」
これを焼いたのは人造人間のエイトフィート夫人。
彼女は昔から料理上手で、頭の中には古今東西、様々な料理のレシピが記録されているということです。
毎年、伴侶に連れられてこの屋敷にやってくる彼女は、毎回欠かさずに私に対して丁寧にキッチンの使用を願い、思う存分にその腕をふるうのでした。
「では、是非ご一緒しましょう。あなたのお話もそろそろ伺いたいと思っていたところなんですよ」
私はいそいそとティーセットとお湯を準備します。
エイトフィート夫人も私を手伝おうとしますが、私は彼女を客人としてもてなすつもりでした。
夫人は一冊の本を、私に差し出しました。ハードカバーの分厚い本です。表紙には〝名無しの電脳〟という表題が箔押しされて、照明の光で輝いていました。
「新作!」
それを受け取った私は思わずはしゃいだ声を上げました。
そして客人の手前であることを思い出し、軽く咳払いをして夫人をちらりと見やります。エイトフィート夫人――もとい、大人気作家のエルザ・S・エイトフィート女史は微笑むばかりでした。
「……失礼。パンプキンパイも勿論ですが、私はあなたの本が毎年の楽しみでして……」
「作家としてこれほどの賛辞はありませんよ」
気恥ずかしくなって言い訳をする私にも彼女はからかうことなく、感謝の意を伝えてくださいました。
私は恭しく本を傍らに置いて、去年受け取った物語がいかに面白く、素晴らしいものだったかを語るべく彼女に向き直りました。
「ところで、今は何を書いているのですか?」
ひとしきり語らい合ったところで、私はお約束の質問をしました。紅茶を一口飲んだのち、エルザ女史は口を開きました。
「幻想物語を書こうかと思っていますの。最近の人気ジャンルなので……」
「幻想物語! トールキンやルイス、エンデのような?」
「ええ、ただ最近流行っているのはもう少し現代的でしてよ」
私はパンプキンパイを口に運び、彼女の話に耳を傾けました。すべらかなパンプキン・カスタードはスパイスが絶妙にきいています。パイ生地もさくさくとしていて香ばしく、いくらでも食べられそうです。
「一市民たる男が、ある日馬車に跳ねられて昏倒するのです。男が目を覚ませば、そこは冥府ではなく、彼が住んでいた世界とは異なる世界――文化も文明も全く異なる地に、迷い込んでしまうのです」
「ふむ……」
「男は知恵を振り絞り、その世界で生きねばなりません。しかし幸運なことに……神から常軌を逸した力――物理的なものだったり、魔術的なものだったりするのですが、そういうものを得て、男は困難に立ち向かう、といった筋書きです」
「それが、流行りですか」
「ええ、すこぶる流行っています」
彼女は微かに肩を揺らして、笑いました。そうしてパンプキンパイを一口食べて、そっと目を細めています。
「どう思いますか?」
「別世界への憧れはいつの時代も変わりませんからね。しかし、面白そうです。書き上がればまた是非読ませてください」
勿論、と彼女は頷きました。聡明たる彼女の頭脳が生み出す物語を、私は信頼しています。とにかく――ハロウィンが終われば私は一年かけて、手渡された物語を楽しむと決めているのです。
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