3
天部博士はぼくをテーブルの前に座らせると、ゆったりとした足取りでキッチンに向かい、吊戸棚のなかから麻袋を取り出した。中身はコーヒー豆のようで、彼が袋を開けた瞬間に、香ばしい香りがこちらまで漂ってくる。
「きみ、名前はなんという?」
博士はこちらに背を向けたまま言った。
「有情コウです。情が有るの有情に、カタカナのコウ。技術保全機構の上級倫理官を務めています」
「有情、か。仏教用語だな。たしか、感情を有するもの、という意味だったかね」
「ぼくには似つかわしくない名字です。補助コンピューターによってその感情を押し殺しているのだから」
「だとすれば……」博士は二人分のマグカップを手にやって来て、片方をぼくの前に置いた。「いまの時代、その名に相応しい人間などいるまい」
彼は肘掛け椅子に座り、コーヒーを一口すすった。
「どうかね。世間から忘れられた者の終の棲家は」
ぼくは室内をぐるりと見回してみる。電球が一台だけぶら下がる室内にはものがほとんど置かれておらず、小さな作業机や食卓テーブル、椅子のほかには、古びた薪ストーブと旧式のデスクトップパソコンがあるだけだった。ストーブのなかでは薪が音を立てて燃え、少し息苦しいくらいの熱気があたりに立ちこめている。そして向こうの壁には奥の部屋へと続く扉があるが、それは固く閉ざされていた。
博士は言った。
「とても住みやすいところとは言えんだろう。それでも独りで生きていくのに不自由はないがね」
彼はカップをテーブルの上に置き、椅子の背に深くもたれた。長い息を吐く彼の顔は終始穏やかで、その奥に潜む本心はうかがい知れない。
「この家にはずっと独りで?」
ぼくは訊ねた。
「うむ。子はおらず、研究に没頭するあまり妻にも捨てられた。まあ、その研究すらもやめてしまったが」博士は自嘲的な笑みを浮かべた。「ところで、きみはどうして私がここにいることを知っているんだね?」
「往生リツに教えてもらいました」
「なるほど、往生君か。彼女は息災かね?」
博士のその問いに、ぼくは肩を強張らせた。
「彼女は、死にました」
「死んだ? なぜ?」
「住んでいたマンションの部屋から飛び降り自殺をして……。十日前のことです」
「そうか」博士は長い沈黙のあと、しわだらけの顔をうつむかせて言った。「もしかしたらとは思っていたが、本当に死んでしまうとは」
「待ってください。それはどういう意味です?」
ぼくは身を乗り出して訊く。
「実は一ヶ月ほど前、往生君がここを訪ねてきた」博士は言った。「彼女は私の居所を知る唯一の人間だった。私が伽藍会を離れ、表舞台から姿を消すと決めたとき、彼女にだけこの家のことを教えたからだ。彼女になにかあったとき、いつでも私を頼ってほしいと思ってのことだった。そして彼女は本当にここへやって来た。なにかあったのだと、私はすぐにわかったが、彼女は多くを語ってはくれなかった」
一ヶ月ほど前というと、ぼくがまだ入院しているころだった。
「そのとき、リツはどのような話を?」
「きみたちが転生者と呼ぶ存在にかんすることだ。転生者の手によって世界じゅうのネットワークが崩壊したとき、人間の意識がどうなってしまうかについて彼女は知りたがっていた」
博士は机の引き出しから分厚い資料を取り出し、ページをめくり始めた。表紙に一角獣のマークが記されたその資料は技術保全機構が作成した正規の報告書であった。本来ならば部外秘であるはずのそれを博士が手にしているということは、おそらくリツが密かに持ち出したのだろう。
資料はそうとう読みこまれているようで、めくられるページには付箋や手垢や、ミミズの走ったような殴り書きの字が多く見られた。
ぼくは博士に訊いた。
「博士。あなたは転生者についてどうお考えですか」
「もしも転生者の魂が本物であるならば、彼らはあまりに哀れすぎる存在だ。肉体が死んでもなおこの世から離れることを許されず、世界じゅうに広がるネットワークのなかをさまよい、やがて感情を擦り減らして衝動だけのけだものに成り果てる。それはほとんど悪夢に等しい、現代的な輪廻の旅路だ」
「そして、彼らはその旅路を終わらせたいと思っている」
博士は頷いた。
「前時代の宗教のひとつである仏教において、輪廻とは苦しみであり、その苦しみから魂を解脱させることは信仰上の重要な目的だった。では、転生者たちにとっての解脱とはいったいなにか。魂をデータ化された彼らにとっての解脱。それは、その魂を消去するか、壊してしまうかのいずれかだ」
「そう。白服の転生者が世界じゅうでサーバーを壊して回っているのも、ネットワークを崩壊させて、データ化された自らの魂を葬り去るためです。ですが、ぼくにはいまひとつ得心の行かない点があります。ネットワークが崩壊すれば多くのデータは消えるか壊れるかするでしょう。しかし、すべてのデータがそうなるわけではない。なかにはネットワークの崩壊後も死ぬことを許されず、オフライン状態となった端末内に閉じこめられる転生者だっているかもしれない」
「いいや、それはあるまいよ」
博士は首を横に振った。
「では、ネットワークがパンクすれば、転生者たちの魂はみな消えてしまうのですか」
「おそらくな。だがそのことについて説明する前に、まずは転生者がどのようにしてネットワークを崩壊させようとしているか、その点から話しておこう。きみを初め、機構の者たちは転生者が闇雲にサーバーを壊して回っているのだと思っているようだが、それは違う」
博士はデスクトップパソコンのキーボードを叩き、それからディスプレイをぼくのほうへと向けた。画面には安っぽいCGの地球が映し出され、黄色い線が蜘蛛の巣状になって球を覆っている。
「これは前世紀から使い古されている、ネットワークの有り様を示す図だ。この見た目のせいで、世界規模のネットワーク網は蜘蛛の巣のようなものであると言われがちだが、私はね、ネットワークとはひとつの巨大な建築物であると考えている」
「ひとつの、巨大な、蜘蛛の巣状の建築物?」
「そう。目には見えない、形而上の建築物だ。そして建築物には必ずそれを支える部分が存在する」
ディスプレイに異なる画像が映し出される。切妻屋根の建物の骨組部分である。
「たとえば柱と梁で組まれた建物は、柱をすべて壊されると倒壊する」
博士がエンターキーを押すと、画面上の柱が破断し、建物が潰れてしまう。
「つまり、ネットワークについても同様であると?」
「そのとおり。ネットワーク上には多数のサーバーが存在するが、そのなかには柱の役割を担うものがある。それをピンポイントで叩いてしまえば、ネットワークそのものが崩壊する」
「しかし、世界を覆うほどの建築物ですよ。そのどこを壊せばよいかなんて、わかりようがない」
「もちろん、われわれには無理だ。しかし転生者にはそれができる。彼らは何年、何十年もかけてネットワークという建物のなかを歩き続けた者たちだ。誰よりも建物のことを知っている」
「なるほど……」
ネットワーク上を彷徨い続けてきた転生者だからこそ、そのネットワークを崩壊させる術を熟知している。博士のその持論には、たしかに頷けるところがあった。
「ネットワークを崩壊させる方法については概ね理解しました。転生者にそれが可能だということも。しかし重要なのは、ネットワークの崩壊と転生者の死との繋がりです」
「うむ。きみが先ほど言ったとおり、ネットワークが崩壊すれば、その影響により多くのデータは消えてしまうか、壊れてしまうかするだろう。よって転生者のほとんどはネットワークの崩壊とともに死に至る。しかしなかには死ぬことができず、どこかの端末のなかで生き残る転生者も発生する。オフラインの端末のなかに閉じこめられる……まさに地獄と呼ぶべき状況だ」
博士はそれからふたたびキーボードを叩き始めた。
「だが、そんな彼らもすぐに死を迎えることになるだろう。これを見てくれ」
ディスプレイの映像が切り替わり、文書データが表示される。『閉鎖的環境に置かれた半有機AIの心理的遷移実験について』と題されたその論文の著者は、なんとリツだった。
「これは往生君が学生時代に書いた論文だ。彼女はAIと人間のかかわりについての研究を行っており、とりわけ半有機AIに多大な興味を抱いていた。半有機AIというのは、実在する人間の人格を丸ごとコピーしてつくり上げられたAIのことで、機械医学の分野で実用化が検討されている代物だ」
「存じています。認知症患者の補助コンピューターに発症以前の人格に基づく半有機AIプログラムをインストールすると、AIが患者の思考や判断力をスムーズに補助してくれる、というものですよね」
「そうだ。往生君はその半有機AIをさまざまな環境下に置いたとき、AIにどのような変化が生ずるかについて調べていた。そのひとつが、AIを閉鎖的環境、つまり完全オフラインの端末内に閉じこめるというものだった」
「半有機AIを完全オフラインの端末に」
驚いた。それはぼくらがいま考えている状況とほぼ同じであったからだ。
「それで、実験の結果は?」
「死んだ」博士は言った。「オフラインの状況下に置かれたAIの判断力はみるみる低下し、思考には混乱をきたし、最後にはAIプログラムそのものが崩壊、消滅した。彼女自身を含む五百人分の半有機AIを用いたが、いずれも結果は同じだった」
「つまり、それは……」
「半有機AIは閉鎖的環境に耐えきれない。それが彼女の出した結論だった。いや、それだけではないな。彼女は私にこうも言った。この実験結果は単に半有機AIにだけ当てはまるものではない。AIのもととなったオリジナルの人間もまた、孤独に耐えきれない存在なのだ、と。私にはその言葉が、個人的な神や安らぎにすがる現代人への、痛烈な批判のように思われたよ」
人は孤独に耐えきれない。彼女は学生の時分にその答えにたどり着いていたという。そしてそのきっかけとなった実験において、彼女は自分自身の人格をもとにした半有機AIもサンプルに加えていた。ぼくは、実験室で自分のコピーの死を見つめる彼女を想像する。もしかしたら、そのとき感じたなにかが彼女をあそこまで死に執着させていたのかもしれない。そんな考えが脳裏に浮かぶ。
博士は長い沈黙を破り、話し始めた。
「半有機AIがなぜ閉鎖的環境下で自然消滅してしまったのか。その理由は最後までわからなかった。だが、半有機AIが閉鎖的環境に耐えられないというのは確かだ。そしていま巷を賑わせている転生者は魂をデータ化された存在。理論的には半有機AIと同種の存在と言える」
「ゆえに転生者もまた閉鎖的環境下では長く生きられない、と」
博士の仮説が正しければ、オフラインの端末に閉じこめられた転生者にも死が訪れることになる。問題は、単なるコピーに過ぎぬ半有機AIとは違って、転生者の魂は本物である可能性があるという点だが、もしそうだとしたら、なおのこと彼らの魂は孤独に耐えきれないだろう。リツの魂がそうであったように。
ネットワークが崩壊すれば、すべての転生者に等しく死が与えられる。二度目の、そして本当の意味での死が。それは彼らにとっての唯一の望みが叶えられるときでもあった。
ではそのとき、ぼくら生ける者たちの魂は、どうなってしまうのだろう。
「それで、博士。リツが知りたがっていたことについて、考えをお聞かせ願えませんか」
ぼくは博士にそう促した。
「うむ。ネットワークが崩壊したとき、われわれはどうなってしまうのか、ということだったな」
「博士は脳内のエンタングルメントについて研究なさっていたそうですね。そして博士の仮説によれば、現代の人間の意識とは、生身の脳と補助コンピューターの要素が複雑に絡み合った結果生じた、ひとつのカオスであるという。しかしそれは、補助コンピューターなしに人は自分の意識を保ち得ないことを意味するのでは?」
「その可能性は高い」博士は言った。「あらゆる補助コンピューターは、そのメーカーを問わず常にネットに接続された状態にあるよう設定されており、設定はメーカーによってしか変更することができない。各メーカーの保有するサーバー群のサポートなしに、個々の補助コンピューターが膨大な量の情報を演算処理したり、知の恒常性プログラムといった高度なソフトウェアを実行したりすることができないからだ。そしてそれは、ネットワークの崩壊とともに補助コンピューターがその機能の多くを失ってしまうことを意味している。そうなれば、脳と補助コンピューターとのエンタングルメントは断たれ、意識というカオスは解消される。人は、生ける屍と化すのだ」
「それを防ぐ方法は?」
「ない。こればかりは、誰かがどうにかできる問題ではないよ。まあ、往生君はどうにかしようと本気で考えていたようだが」
「リツはどのような方法を考えていたのですか」
「彼女はエンタングルメント理論を信じていなかったからな。機械とのエンタングルメントが解かれても、人間の意識はなくならないと考えていた。彼女がおそれていたのはむしろ、ネットワーク接続が強制的に遮断される際に補助コンピューターが故障し、それに伴う過負荷によって脳が損傷してしまうことのほうだった。たしかに、補助コンピューターの故障に伴い、使用者の脳がダメージを受けてしまうという報告例は一定数存在する。今回、それが世界規模で起こる可能性は大いにある」
補助コンピューターの故障に伴う過負荷により、使用者の脳が損傷する。そうした事例にはぼくにも覚えがある。伽藍会脳機械学研究所の調査のとき、二人の倫理官が循環器系の不全で死に至ったのも、もとをたどれば補助コンピューターが処理落ちし、彼らの脳が損傷してしまったことが原因だった。
「それで、リツはどのような策を考えていたのです?」
「彼女が考えていたのは、ネットワークが崩壊するより前に、すべての補助コンピューターの設定を
「正規の方法で?」
「各メーカーの権限ですべてのユーザーのネットワーク接続を切断する、ということだよ。もちろんメーカーが自主的にそのような設定変更をするはずもないから、彼女は専用のコンピューターウイルスを作成し、それを各メーカーのホストコンピューターに仕込むつもりだった」
「たしかに予めコンピューターの設定をオフラインに変更しておけば、脳がネットワークの崩壊による過負荷を被ることはない。博士、そのウイルスというのは完成したのですか」
「ウイルス自体は彼女がほぼ完成させており、あとは各メーカーの設定変更用パスワードさえわかれば実用可能な状況だった。彼女がここを訪ねてきたのには、私からそのパスワードを聞き出す目的もあったみたいだな」
「博士はパスワードをご存知なのですか」
「うむ」博士は首肯した。「いまはこんな体たらくだが、これでもむかしは少しばかり有名だったからな。普通の人間では知り得ないことを知る手段というものを持っていた。だが、往生君にパスワードを教えることはしなかった。私と彼女とでは考え方が根本的に異なる。もしも私がパスワードを教えたことで、世界じゅうの補助コンピューターのネットワーク接続が断たれてしまったら、その瞬間に何十億という人間の、脳と機械のエンタングルメントもまた解かれてしまう。それはもう史上最大のサイバーテロだよ。その引き金を間接的にせよ引いてしまうかもしれないということに、私の心は耐えられなかった」
それから博士はうつむき、黙りこんだ。
彼の話を整理すると、ネットワークが崩壊する際、エンタングルメント理論に基づく意識の崩壊と、補助コンピューターの故障による脳の損傷という二つの危機が生じ得るということになる。そして後者についてはウイルスを用いればなんとかなるかもしれないが、前者については打つ手なし、というのが現状のようだ。
肩を落とし、深い溜め息をつく。もはや転生者の勢いを止めることはできず、かといって意識の崩壊を防ぐ方法もない。結局、どこをどうたどっても人類に未来はないということか。だったら、リツはどうしてぼくを天部博士と引きあわせたというのだ。彼女はこんな、絶望的な現実をぼくに突きつけたかったとでもいうのか。
落胆するぼくの傍らで、メールの着信を告げる音が鳴った。
「メール……いったい誰からだ」首を傾げつつキーボードを叩く博士は、メールを開くや否や、驚きの声を上げた。「これは、なんということだ……」
「どうしたのです、博士」
訝るぼくに、博士はふるえる声で囁いた。
「往生君からだ」
「なんですって?」
慌てて立ち上がり、ディスプレイを覗きこむ。
メールの差出人欄には、たしかに往生リツの名前があった。本文には彼女が構成したと思しき仮想現実フィールドのアドレスと入室用パスワード、それからぼくと博士の二人に対するメッセージが記されていた。
このフィールドに来て。そこに転生した私がいる。それがぼくに宛てられたメッセージだった。
「まさか、リツも転生を?」
だとしたら、彼女に会い、彼女の口から本心を聞くことができるかもしれない。ぼくは胸の奥で期待と不安が同時に膨らんでゆくのを感じる。
博士は言った。
「あり得る話だ。彼女もまた補助コンピューターを脳内に宿す者だった。自ら死を選んだとはいえ、転生者にならないとは限らない」
それから博士は自分に宛てられたメッセージに目をとおした。
転生した自分の心理グラデーション分析をしてほしい。リツは博士にそう依頼していた。
「心理グラデーション分析……そうか、そういうことか、往生君」
「博士、どういうことなんです?」
「人間には、万人に共通の心理というものが存在するが、それはいわば木の幹のようなものであって、細かな枝葉は人それぞれ異なっている。その差異を観測する方法、それが心理グラデーション分析だ」
「心理グラデーション分析?」
「心理グラデーション分析とは、個人の思考と感情のパターンを観測し、結果をグラデーションによって表現することで、その者固有の心理パターンを視覚化するというものだ。これは脳機械学の分野において多用される分析方法であり、先ほど述べた半有機AIの検査にも使われている。たとえば君をオリジナルとした半有機AIを製作した場合、君と半有機AIの心理グラデーションを比較し、君の人格がちゃんとコピーされたかどうかを確認するんだ」
「それで、リツはどうしてその心理グラデーション分析とやらを博士に依頼するのですか」
「半有機AIが実在する人間の人格をコピーしたものだということはすでに説明したとおりだ。しかし、コピーは所詮コピー。オリジナルではない。オリジナルと半有機AIの心理グラデーションは九九・九パーセント一致するが、百パーセント一致することは決してあり得ない。これがどういうことかわかるか、有情君。つまり、転生した往生君の心理グラデーションと生前の彼女の心理グラデーションが完全に一致したならば、その仮想現実フィールドにいるのは本物の彼女ということだ。そして、肉体を完全に離れた転生者が単なるオリジナルのコピーでないとすれば……」
「脳と機械のエンタングルメントが断たれても、意識は存在し続ける」
「そういうことだ」
「ですが、生前の心理グラデーションはどうやって観測すればよいのですか」
「心配には及ばない。先ほど見せた彼女の論文のなかに、生前の彼女の心理グラデーションデータが掲載されている。よって、比較は可能だ」
心理グラデーションの比較。門外漢のぼくに詳しいことはわからないが、とにかく転生者としてのリツと生前の彼女の心理グラデーションを比較し、両者が完全に一致するならば、転生者は本物の彼女と証明される、ということらしい。そして転生者が単なるコピーでなくオリジナルそのものであるならば、博士のエンタングルメント理論は根本から否定される。ネットワーク崩壊に伴う死の連鎖から、人々を救う道が見出せるかもしれないのだ。
リツがぼくと博士を引きあわせた目的とは、まさにこのことではなかったのか。
「どうする、有情君」博士が訊ねる。「このデスクトップパソコンでも心理グラデーション分析は可能だ。きみが望むなら、私は転生した往生君の心理を読み取ろう」
ぼくは博士と視線を交わす。ついさっきまでとはまるで違う、力強い眼差しだった。
これはひとつの大きな賭けだ。人類が生きるか死ぬかの。そしてその賭けにリツは乗り、博士にもその用意がある。
だとしたら……。ぼくは答えた。
「仮想現実フィールドに行きます」
ふるえる手を強く握りしめる。これまで多くのものから逃げて、逃げて、ここまでやって来た。多くの者を裏切り、傷つけ、失って、ここまでやって来た。
もう、逃げるのはたくさんだった。
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