青森駅から錆びついた鉄道に揺られておよそ一時間。野辺地駅のホームに降り立ってまず目に入るのは、舞い散る粉雪と、どこまでも続く杉林である。


 身の丈の何倍あるかもわからぬほどの高い樹々は、線路を雪から守るために植えられた防雪林であった。山と海に囲われた野辺地は古くより山風と海風の触れ合う土地で、その環境はたいへん厳しく、冬には吹雪に見舞われることも多い。そのため山側に防雪林を設けて、線路に雪が積もるのを防がねばならなかったのだ。


 もともとは線路沿いにのみ設けられていた杉林は、百年あまり前、駅から山側の集落が過疎化の末に消えてしまってからのち、その範囲をみるみる拡大していった。そしていまや駅の南側は広大な森林地帯と化し、人を寄せつけることなく静かに暗闇を蓄えている。


 ぼくはメモリチップを取り出し、描かれたバーコードを読み取る。リツの示したポイントはこの森林のただなかにあった。


 そこに、天部てんぶシキ博士がいる。


 脳機械学の世界的権威であり、自らの探究の庭として伽藍会脳機械学研究所を設立しておきながら、道半ばで突如勇退し、忽然と姿を消した天部博士。彼は、補助コンピューターを持つ者の意識は脳と機械の要素が複雑に絡み合い、もつれ合った結果として生じた一つのカオスであると考えていた。もしもその仮説が正しければ、世界を覆うネットワークが限界を迎え、補助コンピューターが鉄屑同然となったとき、ぼくらの意識はいったいどうなってしまうのか……。博士はその答えを知っているに違いない。


 暗い森のなかを歩みながら、博士のことを考える。孤独な人間には二つの種類があるという。望まずして孤独に陥る者と、望んで孤独に突き進む者である。ぼくが前者であるならば、天部博士は後者だろう。


 人の消え、森に浸食されたこの土地で、博士はひとりなにを思うというのか。


 緩やかな斜面をのぼる足に冷たい風が吹き、頭上からは樹々の間を縫って大粒の雪が降る。孤独を刺激する寒さだ。ぼくはコートの襟を立て、凍てつく暗闇に耐えながら、ただ黙って歩を進める。そうして斜面を上り切ると、とつぜん視界が開け、目の前が一気に明るくなる。


 木々が切り倒され、広場のようになっているそこには、丸太組の一軒家が、世間から忘れ去られたかのように佇んでいる。経年の汚れが壁のいたるところに染みついて建物を古めかしくさせているが、煙突から煙を吐いていることから、いまもそこに人が住んでいるのだということがわかる。


 ふたたび地図データを確かめる。間違いない。この家こそがリツの示したポイントだった。


 ぼくは玄関の前に立ち、扉を二度ノックする。


 最初、ノックに対する反応はなかった。しかしもういちど扉を叩こうとしたとき、


「入りなさい」


 くぐもった声が奥から響いた。


 そっと扉を開けると、裸電球が灯された室内には白いひげを蓄えた老人がひとり、

肘掛け椅子に座ってこちらを見つめていた。


「天部シキ博士?」


 ぼくの問いかけに、老人は渇いた笑いとともに言った。


「いまはもう博士ではない。ただの老いぼれだ」

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