第四部『冬・宵・月』


 津軽の海は冬の色だと、かつての戦友が言っていた。ガダルカナルで出会った彼は青森の生まれで、戦場でくたびれた者たちによく故郷の海の話をしてくれた。


 その海をいま、ぼくは上空から見下ろしている。


 彼曰く、津軽の海は春を迎えても冬の名残を蓄えたまま、冷たい輝きを放つという。季節は惜しくも春の初めに一歩およばず、彼の話の真偽を確かめることはできないが、窓の向こうに広がる海は寒々とした鈍色をして、見る者に津軽の冬の厳しさを知らしめるのだった。


 しかしその戦友は、津軽の海は夏に見るべしとも言っていた。夏の夜には、海に漁火が灯されるからだ。暗い水平線に漁火の淡い光が連なる光景は、まるで海原に流星の欠片が降ってきたかのような美しさらしい。夏の津軽は夜のほうが明るいんだ。彼は冗談めかして言い、そのときに彼がする遠い眼差しは、それを見る者に郷愁を感じさせた。もちろん夜のほうが明るいなどというのは嘘だとわかっていたが、それでも彼を嘘つき呼ばわりする者はいなかったし、ぼくなどはむしろ本当にそうであってほしいと思っていた。


 まるで子どものようだ。目の前の血生臭い現実から目をそらしたくて、空想に逃げこもうとしている。だが身ひとつで現実へ立ち向かう者など、この世のどこにいるだろう。いまや誰しも悟り、解脱し、終わりのない涅槃の夢を見ている。本当のことは、みんなの意識の外なのだ。


 とはいえ、その涅槃の世界も白の転生者の手によって終わりを迎えようとしている。覚めない夢はない。そういうことだろうか。


 飛行機は着陸態勢に入り、徐々に高度を下げている。時刻は十四時を少しまわったころ。飛行機を降りたら古い鉄道に乗って、夕方には野辺地の駅に到着する予定だ。

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