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二番街の新次元機工社本社ビル前にはただならぬ雰囲気が漂っていた。広い駐車場には通信車が何台も停められており、すでに建物内に潜入した部隊があるのだろう、緑の制服を着た下級倫理官たちが車から車へと慌ただしく駆け回っている。
空いているスペースに車を停めたぼくらは、指揮官のいるいちばん大きな車両に向かった。
「第一特殊調査室所属、有情コウ上級倫理官ならびに往生リツ上級倫理官、緊急出動要請に基づき参りました」
「来たか」
指揮官である仏頂面の男はぼくの装備品に目をやった。
「戦闘準備は万端のようだな」
「はい。いつでも行けます」
「よろしい」指揮官は頷いた。「建物内は転生者たちによって占拠されており、奴らはサーバーを破壊して回っている。すでに第一陣がなかへ突入しているが、きみにはこのあと突入を開始する第二陣に参加してもらう」
「承知しました。ところで建物内にいた人間は?」
「ほとんどの者は建物外へ避難したが、まだなかに取り残された者が五十三名いる。彼らは転生者たちに見つからぬよう身を隠しているはずだ。第二陣には転生者の制圧のほか、逃げ遅れた者の救出も行ってもらうつもりだ」
「必ずやご期待に応えてみせます」
「よろしく頼む」そして指揮官はリツに目を向けた。「きみには第二陣のオペレーターを頼む」
「任せてください」
リツは言うが早いか、コンソールの前に座りヘッドセットを装着する。
「リツ」ぼくは彼女の肩を叩く。「ぼくの補助コンピューターにアクセスして、作戦中の五感データと思考データのバックアップを取っておいてくれ」
「構わないけれど、でもいいの? あなたの頭のなかを私に晒すことになるのよ」
「いいんだ。ナイジェリアできみにはすべてを見せている。それから、パスワードはあのときと同じだ」
ぼくは微笑みとともに言い、通信車を降りた。
第二陣は、第一陣が突入した正面玄関を使わず、反対側にある社員専用の通用口から建物内に侵入した。
すでに第一陣が突入しているということもあり、ビルのなかでは激しい銃撃戦が繰り広げられているものと思っていたが、いざなかへ入ってみたぼくはしんと静まり返った空気が充満していることに驚かされた。
第一陣はいったいなにをやっているのだ。まだ会敵していないのか、すでに転生者たちを制圧し終えたのか、あるいは逆に制圧されてしまったのか。
ぼくはリツにコンタクトをとる。
「オペレーター、建物内のスキャン結果を教えてくれ」
「こちらオペレーター」リツが答えた。「生体反応スキャニングの結果によると、第一陣は二十八階の廊下にて転生者たちと対峙中。そのほか、建物内の各所に逃げ遅れた人たちの反応がある。でも、おかしいわ。銃撃戦は行われていないようだし、それに第一陣にも転生者たちにもまったく動きがない」
「つまり第一陣は転生者たちと黙って差し向っているというのか。いったいどういうわけなんだろう。建物内のサーバーの状態は?」
「残念だけど、ほとんど破壊されてしまっているわ。ただ、メインサーバーの収容されているサーバールームは第一陣によってしっかり守られている」
転生者たちの狙いはそのメインサーバーのはずだ。だが、なぜ彼らは第一陣に攻めこまないのだろう。まさかここまでの行動に出ておいて、いまさら怖気づいたというわけでもあるまい。ぼくはどうにも得心の行かぬまま、ほかの隊員について階段を上がった。そして道中でリツの指示に従い、取り残された者たちを保護しつつ、三十分ほどかけてようやく目的の二十八階へとたどり着いたのだった。
フロアの南北にのびる廊下のまんなかでは、リツの言ったとおり第一陣の面々と白い装束に身を包んだアンドロイドたちが静かに睨み合っていた。
ぼくは陣の後方に立っている男に訊ねた。
「ぼくたちは突入部隊の第二陣だ。現在の状況は?」
「やっと来たか。転生者たちはおれたちにここを退けと言っている。彼らはメインサーバーを破壊するつもりなんだ」
ぼくは隊員たちの肩と肩の間からアンドロイドたちの姿を見やる。補助コンピューターが即座に技術保全機構のデータベースへとアクセスし、対象の個人情報を検索する。どれも見た目は量産型のアンドロイドだが、そのなかにはたしかに人間の『魂』が入っているようだった。それも、すでに死んだ者の魂だ。本来ならば視界の片隅に表示される彼らのプロフィールには、死を意味するバツ印がつけられているはずだ。だがアンドロイドの身体を乗っ取って動いているところを街じゅうの個人認証端末に確認されてしまったために、
「おれたちは投降を呼びかけたが、彼らはそれを拒み、かといってここを無理に通ろうともしない。こちらが道を開けるのを待っているんだ。おれは、転生者とは破壊と殺しを好む野蛮な集団だと教えられていた。だがいま目の前にいる彼らは、とてもそんな奴らには見えない。いったいどういうわけなんだ」
悩ましげに言う男の隣で、ぼくもまた彼と同じ考えを抱いていた。目の前に立ちはだかる転生者たちは武器をとってすらいない。彼らのレーザー銃は、腰元のホルスターにおさめられたままなのだ。むしろぼくらのほうこそ一斉に銃を構え、いまにも彼らを撃ち殺そうと目を血走らせているではないか。
長い沈黙が、次にどちらからか発せられる言葉に重みを持たせようとしていた。やがて、転生者たちの一団の長と思しき者が、一歩前へ出た。
「われわれはあなたがたを傷つけない。だから道を開けてほしい。われわれが銃を手にしなくともよいように」
機械らしい淡々とした物言いだったが、それだけにかえって彼の言葉には実直さや誠意といったものが伴われていた。これには隊長もすぐには答えかねて、向こうの言葉に勝るだけの誠実な台詞を考えねばならないようだった。
そのときである。
『建物屋上にて、新たな脅威対象を確認。速やかに排除してください』
警告文が表示されたかと思えば、すぐにリツから連絡が入る。
「コウ、聴こえていたら返事をして」
「聴こえている。たったいま、屋上に脅威対象が確認されたとの警告があった。いったいなにが起こっている?」
「とつぜん輸送機が現れて、建物の屋上に着地したの。ちょうどいまスキャンが終わったところ」
「転生者たちか」
「ええ。数は三十。そっちに向かっているわ。気をつけて」
リツが言い終えるのとほとんど時を同じくして、突入部隊の後方、サーバー室前にある階段を、黒い装束に身を包んだ一団が下りてきた。補助コンピューターが彼らを脅威対象として認識。ロックオンマーカーが浮かび上がる。
しまった、挟み撃ちにされてしまった、などと後悔する暇は与えられなかった。黒服の者たちは物言わず銃を構え、発砲してきたのだ。慌てて柱の陰に隠れたぼくのすぐそばを、赤い光が走り過ぎ、そして逃げ遅れた隊員たちの手が、脚が、心臓が、そして頭がレーザー光線によって焼き切られて、カーペットの上にいくつもの死体が折り重なってゆく。
「まずい。彼らがここへやって来るとは」
白服の転生者たちのリーダーが銃を構える。
「突入部隊のみなさん。われわれの後方に非常用のエレベーターがある。そこから一階へ下りなさい。あの者たちはわれわれが食い止める」
リーダーの男の指示に従い、白服の一団が黒服たちと戦闘を始める。
いったいなにが起こっているのか、ぼくは理解できずにいた。彼らはどちらも転生者、いわば同志の関係ではないのか。その彼らが殺し合っている。しかも白服の集団は、どうやらぼくらを助けようとしているらしいのだ。
「全員、退却だ。非常用エレベーターへ向かえ」
隊長が叫ぶと、隊員たちは一目散に非常用エレベーターへと走り始めた。その彼らを黒服たちが狙うが、白服たちが立ちはだかる。
「こちら有情コウ」ぼくは全隊員と通信車に語りかける。「いま、目の前で転生者どうしが殺し合いを行っています。どうやら彼らは同じ目的のために動く一個の集団ではないようです。ゆえに私はここに残ります。残って、彼らの戦いを記録します」
「おい、なにを言っているんだ」指揮官がぼくを止める。「早くみんなとともに退却しろ。死にたいのか」
すると、リツが回線に割りこんできた。
「私からもお願いします。彼をそこに残してやってください。私はいま彼の補助コンピューターに直接アクセスし、作戦中のデータのバックアップを取っています。彼のもたらす情報はきっと役に立つはずです」
彼女の力強い言葉に、指揮官は少しの間を置いてから言った。
「わかった。有情以外の隊員は退却せよ」
彼の指示に従い、隊長がエレベーターの扉を閉める。ぼくは退却する隊員たちに小さく敬礼をした。
「ありがとう、リツ。ぼくのわがままを後押ししてくれて」
「いいのよ。そのかわり、ちゃんと帰っていらっしゃい」
「わかった。そのためにも、リツ、これを使ってはくれないか」
ぼくは補助コンピューターの設定変更時に用いるパスワードをリツに開示する。その行為はすなわち、リツにこの補助コンピューターを自由に設定し、破壊することすら許すものであった。
パスワードを受け取った彼女は驚くことなく、わかった、とだけ言った。まるでぼくがそうすることを予想していたかのように。
「行くぞ、リツ。サポートを頼む」
ぼくは銃を握りしめ、柱の陰から飛び出した。補助コンピューターが黒服と白服の両方をロックオンするが、リツがすぐさま設定を変更し、白服を脅威対象から除外する。こちらを狙っている黒服は二体。向かって右側のほうが、少しだが動作が早い。
素早く銃を構え、発砲。まずは右側、次いで左側のアンドロイドの頭を吹き飛ばす。しかし脳内の警告は消えない。まだぼくを狙っている敵がいる。
「うしろよ」
リツの声に身体が反応し、背後のアンドロイドが銃を構えるよりも前に引き金を引く。すでに死した者に、二度目の死を意味するバツ印が刻まれる。
『脅威対象が一掃されました』
警告表示が消えると、ぼくは周囲を見渡して生き残っている者を探した。逃げ遅れた隊員たちも、そして彼らを庇い銃弾に倒れた白服たちもみなこと切れていたが、リーダーの男だけは身体じゅうに被弾しながらも辛うじて意識を保っていた。
ぼくは死体の山の上に倒れこむ彼を抱きかかえ言った。
「しっかりしろ。いま助けてやる」
しかし彼は首を横に振った。
「いちど死んだ身だ。助けはいらない」
先ほどとは打って変わって、腹の底から絞り出されたような重たく響く声がした。紛れもなく、死なせてくれという意思表示だった。ぼくはもう彼を抱き起そうとはしなかった。
「どうか教えてほしい。あなたたちの目的はなんなんだ?」
「われわれは人を傷つけない。サーバーを壊す」
「なぜサーバーを壊す?」
「サーバーを壊す理由。それは……」
そこで彼は苦悶の表情を浮かべ、頭を押さえた。どうやら、死が近いらしい。
「この場所へ行きなさい」彼はポケットから旧式の通信端末を取り出し、ぼくに手渡した。「そこにわれわれの拠点がある。そこにいる者が、あなたの問いに答えてくれる。大丈夫。われわれは人を傷つけない」
そして彼は無表情になり、口を閉ざした。補助コンピューターによれば、この機体に入っていたのは五年前に死んだ男の魂だったらしい。妻の陣痛の知らせを受け、病院へ向かう途中でトラックに撥ねられた彼は、いま二度目の生を終えて二度目の死を迎えた。われわれは人を傷つけない。その言葉を遺して。
「こちら有情コウ。たったいま、戦闘行動を終了。他の生存者、なし」
ぼくは彼に手渡された端末を確認する。画面には地図が表示され、目的地を示す赤いマークがつけられている。
マークが示す地は猿島。東京湾上に浮かぶ、旧横須賀市の無人島であった。
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