3
新次元機工社本社ビルへ向かう通信車内で、ぼくはレーザー銃やそのほかの装備品の動作チェックを行っていた。
運転席のリツは慣れた手つきでハンドルを切り、大型の通信車を走らせていた。
「体調のほうは大丈夫?」彼女はバックミラー越しにこちらを見た。「病み上がりなのだから、無茶なことをしては駄目よ」
「無茶なことをするのがぼくらの仕事だろう」
暗視用コンタクトレンズの電源を切り換えながらぼくは答えた。
「そういうことを言っているんじゃないの。わかるでしょうに」リツは困った様子で言った。「あなたは一時は生死の境をさまよったのだし、それに覚醒直後の脳波テストでは重度の思考的混乱をきたしているという結果が出ていた。幸い心身ともに回復してきてはいるけれど、本来ならばいまもあなたはベッドの上で安静にしていなければならない身なの。そのことを理解しておきなさい」
彼女の叱りつけるような口調に、ぼくは口を噤んだ。そんなにも怒っているのだろうかと、今度はこちらからバックミラー越しに彼女の様子をうかがってみれば、彼女は眉を八の字にして二つの大きな瞳を不安げに左右に揺らすのだった。この目だ。彼女はむかしにも戦場に出るぼくへこの眼差しを向けた。そして竹を割ったような性格である彼女が見せる迷いと脆さのモチーフとしてのこの眼差しは、いつもぼくを憂鬱にさせ、戦場に出ようという気勢をそいだのだ。むかしはよかった。世の男と女がするように、口づけと一言二言の囁きによって本質を誤魔化すことができた。しかしいまは違う。ぼくは彼女の
ぼくは小さく溜め息をついて答えた。
「わかった。無茶なことはしない」
「その言葉を聞いて安心した」
車は三番街のメインストリートにさしかかった。本来ならば買い物客で活気づいている通りも、いまは数名の人影があるのみだった。左右に並ぶ店の数々はどれも、扉を閉ざしシャッターを下ろしていた。
「世のなかがこんな状況でも、この通りくらいは賑わっていると思っていたが」
「いまではどこもこのありさまだわ」
「世界が転生者たちをおそれているのか。死して再びの受肉を施された者、ね。やはりにわかには信じ難い話だが、こういう光景を見せられると、信じるしかないな」
「みんなそうよ。信じられないけれど、信じざるを得ない。私だって暴れ回っているアンドロイドたちから死者の魂が検知されたときは夢だと思ったもの。そうでないならば、検査機械の故障だって」
「無理もない」ぼくは首肯した。「なあ、リツ。きみは自分の意識、いや魂でもいい、そうしたものの存在を信じるか?」
それはかつてムイがぼくに投げかけてきたのと同種の質問だった。
「もちろん信じるわ。自分の魂だもの。自分が信じてあげなくちゃ、可哀想でしょう」
「なるほど」ぼくは思わず笑みをこぼした。「きみらしい答えだな」
たしかにリツの言うとおり、自分の意識や魂くらい自分で信じてやらねばならないのかもしれないし、その前向きな考え方には共感が持てる。ムイにはそうした考え方ができないようであったが、あるいはあのときぼくがリツと同じ答えを返していれば、ムイもそうだと言って笑ってくれただろうか。それともやはりあの伏し目がちの、憂鬱そうな表情を浮かべて黙りこんだだろうか。
するとリツが思案に耽るぼくを見かねて言った。
「またそんな顔をしてる。あなたはいつもそう。酷く思いつめた顔で戦いに出ていく」
「別に思いつめてなんかいないさ」
ぼくは笑顔を取り繕った。
「そうだ。たしか、伽藍会脳機械学研究所の地下にあったサーバーにも大量の死者の魂が保存されていたんだったな。なぜ使われていないサーバーに死者たちの魂が保存されていたんだろう」
「あのサーバーは人の手の触れられないところにあったけれど、非常用電源によって常時稼働していたし、それに外に向けて開かれてもいた。もしかすると死者たちは安らぎを求めてあそこに流れ着いたのかも」
「安らぎを求めて、か。てっきり死は安らぎと同義だとばかり思っていた。あの研究所の所長、天部博士の研究が関連している可能性は?」
「どうかしら。博士が研究していたのは脳内のエンタングルメントについてだった。エンタングルメントというのは、絡み合いやもつれという意味なの。私たちは脳の領域の一部を補助コンピューターに置き換え、本来脳が担うべきいくつかの役割をコンピューターに任せている。ゆえに私たちの意識というものは、生身の脳と機械の要素が複雑に絡み合い、もつれ合った結果生じた一つのカオスである。それが博士の持論であり、彼はそのことを脳機械学的アプローチによって証明しようとしていた。けれど、彼は人の生き死ににかかわるような実験や研究は行っていなかったはずよ」
「そうか。しかし興味深い研究だな。博士の考えが正しければ、ぼくや君の意識は機械なしには存在し得ないものだということになるのか」
「博士はそう考えていた。でも、私はそうは思わなかった。だって、私は私。機械じゃないもの。でもそういう考えを持っていたから、私は博士から問題児扱いされていたわ」
リツは笑いながら言った。さきほどの魂を信じるかという問いに答えたときもそうだったが、彼女はどうやら自己の魂に確固たる信頼をよせているようだ。おそらく彼女にとって魂は自分自身の裏付けであり、その魂の存在は疑うべくもないものなのだろうと思われた。
「話が横道にそれてしまったわね」リツは言った。「本題に戻りましょう。地下のサーバーマシンには死者の魂が保存されていたけれど、実はあなたが撃った『動く死体』、あれにももともとの人間のものではない、別の人間の魂が宿っていたことが確認されたの」
「死者の魂は他人の身体にも宿るのか」
「正確には人間の脳内にある補助コンピューターに宿るの。転生者たちは死者の補助コンピューター内に入りこみ、死体を操作する」
「それは生きた人間の補助コンピューターでも起こりうることなのか。たとえば転生者がぼくの補助コンピューター内に侵入して、この身体を乗っ取るなんてことは?」
「いまのところそうした事例は確認されていない。それにきっと転生者も生きている人間には侵入できないはずよ。二つの魂を同時に保存できるほど、人間の保存容量は大きくないもの」
「主観的な考えだな。嫌いじゃないが。ところで、調査員たちやブラボー、チャーリーの死因についてはなにかわかった?」
「彼らの死因は脳の損傷に伴う循環器系の機能不全だった。ほら、覚醒後のカウンセリングの席で、あなたはサーバー室で死者たちの魂と出会ったときに頭が割れるような痛みを感じたと証言していたでしょう。あれは目の前の不可解な状況や、サーバーから送られてくる死者たちの声を、あなたの補助コンピューターが必死に演算処理しているために発生したものなの。幸いあなたの補助コンピューターはなんとか処理を完了したけれど、ほかのみんなのコンピューターは処理落ちを引き起こしてしまった。結果、彼らのコンピューターは動作を停止し、その際の過負荷によって脳が損傷したってわけ。でも、あなたの補助コンピューターはよく処理落ちしなかったわね。改造でもしたの?」
「ナイジェリアでの作戦のとき、きみが改造してくれたままだ」
ぼくはレーザー銃にカートリッジをはめながら言った。頭のなかでは、ナイジェリアの基地でリツから改造を施されたときのことが思い出されていた。誰かに補助コンピューターを改造してもらうということは、その人に自分の思考や記憶の大部分をさらけ出すことと同義だった。あのとき、ぼくの渇いた砂漠のような心や返らぬ少年の日々の思い出、それから彼女に対する少しばかりの邪な気持ちを目の当たりにしてもなにも言わず、ただ黙って微笑んでくれた彼女の優しさ。それが脳裏によみがえり、いままた戦いの場に出ようとするぼくの邪魔をする。
するとリツは曖昧な微笑みを浮かべた。
「別れた女の形見をいつまでも持っていては駄目よ」
たしなめるような彼女の言い草は、一時的にではあるが胸のうちに渦巻く迷いを断ち切ってくれた。ぼくはグリップの感触を確かめるように、繰り返し銃を構えた。むかしの思い出に浸っている場合ではない。目的地はもうすぐそばだし、それにセンチメンタルな気分になるのは、人を殺した直後か、人に殺される直前か、どちらかのときだけでじゅうぶんなのだから。
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