ブリーフィングを終えた調査部隊の面々は、レーザー銃を手に通信車を下り、伽藍会脳機械学研究所の正面玄関前に並んだ。


 長いあいだ手入れがなされていないせいだろう。打放しコンクリートの武骨な壁には黒かびやひびが多数生じており、ところどころの窓ガラスが割れてしまっている。


 列のいちばん左に立つぼくは、自分に続く三名の倫理官たちに目配せをし、正面玄関のわきまで走る。


 ぼく―アルファとブラボーが扉の左に、そしてチャーリーとデルタが扉の右に立ってなかをのぞき見る。明かりの灯されていない建物内は、暗闇がどこまでも続いている。


「コンタクトレンズの状態をアクティブに」


 全員が暗視用コンタクトレンズを起動させる。


「これより建物地下に向かう。全員、ぼくに続け」


 先陣を切って建物内に入ったぼくは、レーザー銃の安全装置を解除し、銃口を左右に向ける。広いロビーの正面には受付カウンターが、そして右手にはエレベーターが設けられているが、電力が供給されていないためエレベーターは稼働していない。


「階段を使うぞ」


 大理石の冷たい床を、なるべく足音を立てないようゆっくりと進み、階段を下りて地下へと向かう。視界の隅に表示されたマップによれば、この階段を下りて長い通路を進んだ先にサーバー室があるらしい。


「こちらアルファ」ぼくは通信車内のリツとコンタクトをとる。「建物地下へ到達。これよりサーバー室へ向かう。建物内に生体反応は?」

「こちらオペレーター。たったいま建物のスキャンが完了したところなのだけど、生体反応は検知されなかったわ」

「機械の反応は?」

「サーバー室内に多数確認されている。おそらくサーバーが稼働しているのね」

「しかし、建物内には電力が供給されていないはずだろう」

「太陽光発電を用いた非常用電源があるの。地下の研究設備とサーバーは、電力供給がストップすると自動的に非常用電源に切り替わるよう設定されていたはずよ」

「やけに詳しいな」

「大学院生のころによくここを訪れていたから。言わなかったかしら。私、天部博士の教え子なのよ」

「初耳だな」


 ぼくはレーザー銃を構え答える。自分には、リツについてまだまだ知らないことがあるのだと考えながら。そういえば彼女はぼくと付き合っていたときも、自身の過去についてあまり多くを語らなかった。


 通路を進み、やがて突き当りの扉の前に到達した調査部隊の四人は、扉の左右に立って互いにアイコンタクトをとる。


 ブラボーがノブに手をかけ、思い切り扉を開け放つと、残る三人が室内に駆けこんでレーザー銃を構える。


 室内には百台を優に超える筐体きょうたいが並んでおり、動作音が低く、重たく響いていた。また、空調設備がはたらいているおかげで室温は低めに保たれており、少し肌寒いくらいだった。


「こちらアルファ。サーバー室に到達した。室内に異常はなし。収容されているサーバーも生きているし、特に問題は……いや、待て」


 周囲を見回していたぼくは、部屋の隅に横たわるものを見つけた。整列する筐体のあいだをすり抜けそれに近づいてゆくうち、つんと鼻をつく臭いがしはじめ、やがて暗闇のなかに迷彩色の戦闘服が浮かび上がる。


 それは死体であった。戦闘服を着、ボディアーマーを装着し、肩掛紐スリングつきのレーザー銃を手にしたまま横たわる死体。服のサイズからして性別は男であろうが、腐敗が進んでいるせいで顔立ちすらもわからない。


 死体を検めてみると、ローランド・スコットという名前の刻まれたドッグタグが見つかる。消息を絶った調査員の名簿にあった名だ。


「隊長、見てください」


 ブラボーがしゃがみこんだぼくの肩を叩き、指をさす。その指の示す方向を見ると、目の前にあるのと同じ腐りかけの死体がごろごろと転がっていた。


「オペレーター、聴こえるか」ぼくはリツに呼びかける。「サーバー室内にて、消息不明の調査員たちの死体を発見」

「そう、やはり死んでいたのね。死体に外傷は?」

「腐敗が進んでいて確認しづらいが、とくに外傷は見当たらない。それに、戦闘服やボディアーマーにも破損は生じていない。いったい彼らになにがあったというんだ」

「推測はあとでしましょう。死体の数は?」

「ぜんぶで七体だ」

「消息を絶った調査員の数は八名のはず。ひとり足りないわ」


 リツが言い終えるより前に、甲高い悲鳴がぼくの耳をつんざく。驚いて声のするほうを振り向くと、デルタが尻餅をついたまま、肩をがくがくとふるわせている。そして彼の見上げる先には、銃を肩に提げ、ゆっくりと歩く腐りかけの顔の男。


「死体が動いていやがる」


 デルタは銃を投げ出し、地べたを這いつくばって男から逃れようとするが、男は震える手で銃を構えて引き金を引いた。


 レーザー光線が闇を切り裂き、デルタの頭を吹き飛ばす。


『脅威対象を検知。速やかに排除してください』


 補助コンピューターからのメッセージが視界の中央に表示され、目の前の男にロックオンマーカーが表示される。ぼくがすぐさま銃を構え、男の胸と、そして頭に一発ずつ撃ちこむと、その身体は軟体動物のようにぐにゃりと崩れ落ちる。


「こいつが八人目の調査員か」倒れた身体に近寄りながら、ぼくは言った。「いったいどういうわけなんだ。死人の身体が勝手に動くなんて」


 頭を失った身体を見下ろし、銃をしまおうとしたところでふたたび警告文が表示され、ぼくは手を止める。


『脅威対象が未だ健在です。速やかに排除してください』


「なんだって」


 驚きの声をあげるぼくの目の前に、またロックオンマーカーが浮かび上がる。整列する筐体のひとつに固定されたマーカーの下には、『池田クニオ』という名と彼の顔写真、そして国民背番号と思しき十一桁の数字が記されていた。


 いったいどういうことなのだ。サーバーマシンが人間だと識別されるなんて。補助コンピューターが故障でもしたのか。ぼくは背後のブラボーとチャーリーに呼びかける。


「まずい。補助コンピューターがいかれたみたいだ。サーバーマシンを人間だと認識している」


 しかしながら、二人から返ってきたのは意外な言葉であった。


「隊長、私もです。私の脳はあの筐体を池田クニオなる人物だと認識しています」

「私も同じです。いったいなぜこんなことが」


 そんな馬鹿な。ぼくは目の前の状況に理解が追いつかない。三人の補助コンピューターが同時に故障し、機械の箱を人間だと認識するなんて。そんなことがあり得るのか。


 すると、戸惑うぼくにさらなる追い打ちをかけるかのごとく、新たな警告文が表示される。


『脅威対象増加』


 そしてそれと同時に百台以上ある筐体が次々とロックオンされ、さまざまな人間の名前や写真が浮かび上がる。まるで自己の存在を証明しようとするかのように。


「おい、リツ、返事をしてくれ」ぼくは声を張り上げる。「いったいなにが起こっているんだ。コンピューターウイルスか。それとも、ぼくの気が狂ってしまったのか」

「落ち着いて、コウ。こちらのスキャン装置でも同様の現象が確認されている。サーバー室内で確認されていた機械反応が、すべて生体反応に変わってしまった」

「それじゃあ、本当にサーバー内に人間が入りこんでいるってのか」

「わからない。なにもわからないの」


 リツの不安げな声が聴こえてくるが、その内容が頭に入ってこない。外界と意識とを結ぶ門が、土石流のような刺激の集積によって塞がれてしまっている感じだ。強く、重たく、それでいて鋭い刺激。生きたいという叫び声のような、あるいは殺してやるという呻き声のような、心臓に響く声の数々がぼくを責め苛む。


 このままでは本当に気が狂ってしまう。ぼくは筐体の列に銃口を向けた。


「サーバーマシンを破壊しろ。これは隊長命令だ。ここにあるサーバーマシンをすべて破壊しろ」


 三人の倫理官たちは黒い箱に向けて一斉にレーザー光線を放ち、箱に次々と穴があけられてゆく。視界を埋め尽くすロックオンマーカーが一つ、また一つと消え、顔写真が死を意味するバツ印で上書きされてゆく。死にたくない。死なせて。殺さないで。殺して。さまざまな叫びが耳を、脳を侵す。


 やがて残り一つとなった筐体の目の前で、ぼくは跪き、嘔吐する。朝に食べたトーストや牛乳やヨーグルトが床にばら撒かれ、そのすえた臭いが、腐臭や、基盤とケーブルの焦げた臭いと相まって、身体を強く刺激する。背後を見やると、ブラボーとチャーリーの二人はすでに意識を失って倒れこみ、穴という穴から汚らしいものを垂れ流していた。


『脅威対象が健在です。速やかに排除してください』


 脳内の補助コンピューターが、殺せ、殺せと責め立てる。ぼくはふるえる手で銃を構え、照準をゆっくりと、目の前のサーバーに合わせる。対象をロック。マーカーの横には満面の笑みを浮かべる少女の写真が映し出される。


 殺せ、殺せ。その娘を殺せ、という脳からの指令。死にたくない。殺さないで、という少女の叫び。その二つを感じながら、ぼくは引き金を引く。


 閃光。ショート。放電。そして、少女の写真にバツ印が刻まれる。地面に倒れこんだぼくは穴のあいた筐体を見つめながら、まるで墓石のようだと、そんなことを考え、目を閉じる。




 研究所の地下で昏睡状態に陥ったぼくが目を覚ましたのは、第十四次特殊調査の決行日から実に一週間も経過したあとのことだった。意識を取り戻してすぐに身体検査と脳のレントゲン検査、精神科医によるカウンセリングを受けさせられたが、そのときのことはよく覚えていなかった。


 すべての検査が終了したあと、リツが花束を手に病室を訪ねてきて、大変だったわねと笑った。彼女は病院の備品の花瓶に花を挿しながら、ぼく以外の調査部隊員が全員死亡したことと、消息不明の八名が遺体で発見されたこと、それからぼくが眠っていた一週間のあいだに世のなかが一変したことを告げた。


 あの日、ぼくが『動く死体』と『人の封じこめられたサーバー』に遭遇したのとほぼ同時に、世界じゅうでアンドロイドたちが暴走を始めた。自らを転生者と名乗る彼らは、手当たり次第に物を破壊し、そして人々を殺して回った。国籍も性別も年齢も宗教も関係なく彼らは殺戮の限りを尽くし、一週間で十億を超える人間の命が奪われた。首都であるこの街でも、いまや一歩外に出ればそこは無法地帯であった。


 アンドロイドたちがなぜ暴走し始めたのか、彼らの目的はなんなのか、そうしたことはなにひとつとしてわからなかったが、彼らが自らを転生者と呼ぶ所以ゆえんだけは推測することが可能だった。街頭の個人認証機能つき防犯カメラに映し出されたアンドロイドたちは、個人認証システムによって人間と識別され、あまつさえ名前まで与えられていたのだ。それも、死してこの世に存在しないはずの者の名前を。


 だから、彼らは自らを転生者と呼んでいるのだとリツは言った。それから研究所のサーバー室で検知された生体反応もすべてすでに死亡した人間のものであったらしいが、なぜ彼らの反応がサーバーマシン内部で確認されたのか、その理由は未だはっきりしないとのことだった。


 反乱を起こしたアンドロイドたちは、人々を殺しながら声高に叫んでいるという。われわれは死の世界から舞い戻り、再びの受肉を施された転生者であると。その言葉とともに彼らは隣人を殺し、殺された隣人はアンドロイドに転生して、また別の隣人を殺し始めるのだった。


 技術保全機構はこの事態を重く受け止め、非常事態宣言を発動。各国の倫理官たちは銃を手に取り暴動のまっただなかに飛びこんだが、みるみる勢力を拡大させる転生者たちに苦戦を強いられているという。


 転生と死の連鎖が世界を縛りあげようとしており、その連鎖を断ち切る力が求められていた。ぼくも身体の調子がもとに戻ったら、アンドロイド狩りに向かうことになるのだろう。この身ひとつでなにができるのか、わかったものではないが。


 リツはカーテンをそっと開き、窓の外を見ながら言った。あなたは生まれかわりを信じるか、と。ぼくはその問いに答えることができず、うつむいて黙りこむ。


 遠くで誰かが叫んでいる。

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