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回収車に乗せてもらい、技術保全機構本部へと戻ったぼくは、直属の上司である布施ゼン室長に呼ばれた。
作戦行動用の制服を着替えてから室長室へ向かうと、布施室長が眼鏡の位置を直しながら山ほど積まれた書類に目をとおしているところであった。
「第一特殊調査室所属、上級倫理官、有情コウ。ただいま参りました」
すると、声に気づいた室長が仏頂面をこちらに向けた。
「戻ってきたか。いましがた所轄の警察からクレームが入った。どうやら奴らもあのジョンとかいうアンドロイドを狙っていたらしい」
「おそらくエスペランサ会に繋がる手がかりを得たかったのでしょう。機体が破損してしまうと、なかのデータは取り出せなくなりますからね」
「そこまでわかっていたなら、事前に所轄への根回しくらいはしておいてほしかったな」
「ですが、事前に了解を取ろうとしたところで、彼らは絶対にイエスと言わなかったはずです」
その答えが意にそぐわないものであったのか、室長は深い溜息をついた。
「たしかにそうかもしれんが……俺は誠意の話をしているんだよ」
「誠意、ですか」ぼくは彼の言葉を繰り返した。「承知しました。今後はなるべく所轄へ根回しするようにします」
「よろしく頼むよ。では、本題に入ろうか」
室長は山積みにされた資料のなかから一束を引き抜き、それをぼくに手渡した。資料の表紙には、大きなフォントサイズで第十四次特殊調査概要と記されている。
「本調査の内容は放置サーバーの捜索およびサルベージ作業。調査先は五番街にある旧伽藍会脳機械学研究所だ」
「伽藍会脳機械学研究所。たしか、数年前に閉鎖されたと記憶していますが」
「さよう。会長兼所長であった
「廃墟の地下サーバー室の調査ですか。紛争地域や汚染地域じゃあるまいし、なにもわれわれが直接出向く必要はないのでは?」
「おまえの言いたいことはわかるが、そういうわけにもいかなくてな。実はわれわれより先に民間の調査会社がこの研究所に目をつけ、二度にわたる調査を実施していたのだが、一度目に派遣された三名と二度目に派遣された五名の誰ひとりとして帰還していないんだよ」
「帰還者がひとりもいないですって」
ぼくは思わず声を上げた。ただ廃墟の地下室を調査するだけだというのに、ひとりとして無事に帰ってこないなど、あり得るはずがない。
「俺だってにわかには信じ難い話だと思う。だがこれは現実に起こっていることなんだ。その証拠に、資料のなかには未帰還者の情報が載っている」
室長に言われたページには二度の調査に参加した者の顔写真と経歴が掲載されており、全員の氏名の横に『消息不明』の文字が記されていた。しかも、リストのなかにはかつてぼくとともに任務をこなした者や、世界で最も危険だと言われるような紛争地域で生き抜いてきた者もいた。そんな彼らが調査に行ったきり戻ってこないとなると、話はいよいよきな臭くなってくる。
「未帰還者の話が本当だとして、彼らにいったいなにがあったというんです?」
「わからん。それを含めて調査するんだ。われわれが」
「なるほど。話は理解しました。それで、いつ調査を?」
「明後日の十三時だ。指揮はおまえがとれ。ほかのメンバーの選別もおまえに任せる」
「承知しました。明日じゅうにメンバー表を提出します」
「わかった。調査対象に関する詳細なデータはサイバー研究室に保管されている。作戦開始時刻までに目をとおしておけ。ほかになにか質問は?」
「ありません」
「では、話は以上だ。退出せよ」
そして室長は視線を書類の束へと戻した。
ぼくは、彼に黙って敬礼し、部屋を出る。
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