夜の人混みをかきわけて、ぼくは十番街のメインストリートを駅と反対方向へ走っていた。街ゆく人はみな鬱陶しそうな顔をこちらに向けるが、ぼくの着ている制服と右手に握られている拳銃を目にした瞬間、おののいて道を開ける。


「こちら有情うじょうコウ」ぼくは耳に取りつけられた端末を通じ、オペレーターに話しかける。「緊急の応援要請を受け、十番街メインストリートを東へ移動中。ターゲットにまだ知らされていない。情報をよこしてくれ」

「こちらオペレーター。そちらの位置情報を把握、これよりターゲットのデータを送信します。ターゲットは巡回している下級倫理官からの職務質問を拒否して逃走したアンドロイドです。速やかに排除してください」


 そしてぼくの脳内、もとい、脳内に埋めこまれた補助コンピューターへターゲットの基本データと位置情報が送られてくる。


ターゲットは新次元機工社製アンドロイド『ザ・ワーカー』。個体識別番号は五一一、識別名称はジョン。もともとは冷凍食品メーカーの工場で稼働していたが、新型アンドロイドの導入に伴いほとんど不法投棄に近い形で処分されてしまった。そうして長いあいだごみ溜めのなかで眠っていたところを南米移民系の麻薬密売組織に回収され、いまでは密輸されたコカインの運び屋をやらされている。


その違法利用されているアンドロイドを破壊し、頭部内のサーバーを回収すること。それがぼくに課せられた任務……といっても、実際にはその任務に失敗した同僚たちの尻拭いをさせられているだけだったが。


 補助コンピューターにアクセスし、ジョンの位置情報を検索すると、視界の隅にマップが表示される。どうやらジョンはこの先の十字路を左に折れた先、ヤッカ小路にいるらしい。ぼくは人混みを強引に押し退けて、そのヤッカ小路に入りこむ。


すると小路の先、行き止まりになっているところに、人影が一つ、ぽつねんと立っていた。


ぼくは銃を構えて言った。


「おまえがジョンだな」


 彼はこちらへ振り返ると、顔をひきつらせて後退りする。


「動くな」

「私はジョン。健全かつ正常なアンドロイドです。私はあなたがたに追われるようなことはなにもしていません」


 そう言いながら手を上げるジョンに対し、ぼくは告げる。


「ならば、おまえの所属を言ってみろ。おまえはどこのなんという企業のもとで、どんな仕事をやっている?」

「私はタクハツ食品社所有のアンドロイドです。三ヶ月前まで製造ラインの一部を任されていましたが、現在は八番街の倉庫にて、原料である小麦粉の運搬業務に従事しています」

「小麦粉の運搬業務か。おまえはいま自分が運んでいるものを小麦粉だと思っているんだな」


 ぼくは銃の引き金に指をかけた。


「教えてやる。いまおまえを使用しているのはエスペランサ会。南米のマフィアの回し者だ。そしておまえが運ばされているのはコカインさ」

「お待ちください。倫理官どの。私は健全かつ正常な……」


 そう言ってこちらに手を伸ばすジョンに向けて、ぼくは引き金を引いた。森閑と静まり返った小路に銃声が響き渡り、ジョンが前方に倒れると、ドサッという、重量感のある鈍い音がした。


彼の胸に開けられた風穴を見下ろしながら、ぼくはオペレーターに報告をする。


「こちら有情コウ。たったいま、ターゲットの破壊を確認。脳内のサーバーは無傷だ。いますぐ回収班をよこしてくれ」


 それから、ぼくはジョンのそばにしゃがみこんだ。


やや引きつったままの彼の顔は、本物の人間のそれと遜色がなかった。それに、伸ばされたままの手は救いを求める意思表示だろうか。その表情も動作も、そして意思さえも、作り出されたまがい物でしかないということをぼくは知っている。それなのに、横たわる『死体』を前にするとどうしても人殺しの罪悪感みたようなものを錯覚してしまう。


 いったいこれで何回目だろうか、こんな気持ちを抱くのは。これまでに殺してきたまがい物の命を数えながら、ぼくは回収車が到着するのを待った。

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