8.確かな痕跡【Day8・足音:硲+安里+西寺+尾藤】
曲に合わせて手と足を伸ばす。左手は前に、右手は横に、そして右足は後ろに。左足はそんな体を1本で支えていた。うちは思わず声を掛ける。
「トワちゃん。綺麗すぎ」
「……良いことだろ、それは」
「良いことだけど、トワちゃんはもっとテキトーで良いよ。うちらが雑に見えんじゃん」
「そうだそうだ~!」
うちの背後から同意の声が飛んでくる。絶賛休憩中のリーダーが野次を飛ばしてきたのだ。これで1対2、うちでは多数決が絶対なのでトワちゃんは「仕方ない」と頷いてくれた。
事務所のリハーサル室で行われているのはうちら『
「私の話をするなら来夢も、もっと正さないといけないところがあるだろうが」
「は? うちに?」
「そうだそうだ~!」
「ルイナちゃんうっさい! 元気になったんなら休憩おしまい!」
ぶすくれて立ち上がったルイナちゃん、もとい
「
トワちゃんはうちをたまにフルネームで呼ぶ。こういう時は、怒られたりふざけられたり可愛いものを教えてもらったり、まあ色々だから『こうだからこう!』っていうのはない。今回は怒られるのかなあ、とか思ってる。なにで怒られるか全然わかんないけど。
「硲来夢、君が私たちの倍動いている、と話題になってるらしい」
「はえー、そうなの?」
「らしいよ、なんかのショートがバズってたんだって」
トワちゃんの言葉を引き継いだルイナちゃんが自分のスマートフォンを差し出す。バズってる動画はいくつかあるけど、……ああ、これか、『Rail Coaster』のダンスチャレンジ動画。多分いちばん新しいショート動画だ。
「『人間の動きじゃない』とか言われてるぞ、君」
「それ褒めてくれてんの? 褒めてくれてんだろうね」
「でもこの時のらいむっち、確かにめっちゃテンション高いんだよね~。なんかあった?」
「一緒に踊ってる相手見ればわかるくない?」
うちの一言に2人共納得したように「あーん」と呻いた。
この時はうちの販促期間中で、事務所にいる適当な後輩とダンスチャレンジを撮影しないといけなかった。基本的にスタッフさんが選出してくれるんだけど、この日はうちがたまたまリハ室にいた子を引っ張ってきたんだよね。それが『
「君は自分よりダンスが上手い相手だとテンションが上がるよな、実際」
「別にいっちゃんのがダンス上手いとか思ったことないけど、テンションは普通に上がるよ。だってコレオをとんでもない解像度でお出ししてくれた訳だし」
「らいむっちの負けず嫌い~」
「うっさい、ルイナちゃんだって負けず嫌いじゃん」
「うちは全員負けず嫌いだろ、尾藤とか際立ってる」
「あーね」
尾藤というのは本日不在のうちのセンター・
「ほら、らいむっちここ見て」
「どこ?」
「この音ハメステップのところ」
ルイナちゃんがショート動画を巻き戻して、彼女が見せたかった場面を見せてくれる。この曲にはSEに合わせてステップを踏むところがあるんだけど、この時のうちはテンションが上がりまくってたからSEどころか後ろのキック音にまで音ハメをしている。とんでもないことしてるね、我ながら。
「うち、えぐーい」
「らいむっちえぐえぐ。こんなのやれって言われても出来ないよ~、じゃない? トワ姉ぇ」
「やれと言われたら怒るな」
「こわ」
「トワちゃんが怒るとこ見たくなさすぎる」
「ふふっ」
柔らかく笑ったトワちゃんだけど、目はまったく笑ってない。ガチこわい、やめてほしい。うちなんも悪くないのに。……いや原因はうちか、しゃあなし。
結局このショートがバズり、うちが他のメンバーの倍くらい動いてるって話になってるっぽい。まあこのショート動画に限った話だと思うんだけどなあ、基本的にはあんまり出る杭にならないように踊ってるし、ライブとかなら別なんだけど。
「でもらいむっちのステップ、激しすぎてたまに床に跡ついてない?」
「うっそお! ルイナちゃんそれは流石に盛りすぎでしょ……」
「えっ⁉ 盛ってない盛ってない! まじまじまじ、見たことあるもん!」
「私もある」
「えええぇ⁉」
「ほらあ、とわ姉ぇだって見たことあるっつってんじゃん!」
「自分が怖すぎる……、ガチめにダンスバーサーカーじゃん……」
ダンスバーサーカー、というのはデビューする前に付けられたうちのあだ名である。カッコいいんだけどまったく可愛くはない。っていうかバーサーカーってあんま良い意味の言葉じゃないじゃんねえ、と思ってメンバーに相談したら「ぽいから良いんじゃない」と肯定された苦い思い出が蘇る。別に否定されたかった訳じゃないんだけどさあ、ねえ?
「まあだけど、それは来夢の努力にみんな恐れ慄いているからじゃない?」
「うわびっくりしたあ……」
「さよちん! 早かったね!」
「ただいま瑠衣那! 練習したくてダッシュで帰ってきちゃった」
「新幹線の中で走っても早く着かないぞ」
「都和は流石にわたしを舐め過ぎている……」
そんなにばかじゃないもん、迷惑になるじゃん、と膨れっ面でトワちゃんの方に近付いてきたのは先程も話に上がったサヨちゃんだ。大阪には朝から行っていて、今は午後5時過ぎだからまあ帰って来てもおかしくはない。バイタリティえぐいなあ、とは思うけど。
「それで、さっきの話だけど」
「あー努力に恐れ慄いてる、ってやつ?」
「そうそうそう。来夢をバーサーカー呼びする人間って、きっと来夢が『才能だけじゃない』って分かってると思うんだよね」
わたしの解釈だけど、と語るサヨちゃんの目は真っ直ぐで眩しい。ううん、この目で嘘つかれたら、嘘だって分かってても信じちゃいそう。今回の話は、信じた方が良いんだろうな、うん、信じよう。
「まーね、世の中には見る目のある人が沢山いるってことね」
「そこで自分の手柄にしないのが来夢の美点だなあ」
良い子、と撫でられてガチで照れてしまったのはここだけの話です。みんなにはバレてたけど。
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