9.今日は足元3㎜浮き【Day9・ぷかぷか:市川+久野+岡本】

「うげっ」


 最悪な状況を目の当たりにして、最悪さを表明する声を発してしまった。こんなにわかりやすく声を出すつもりなかったのに。そして案の定、俺の声につられて人がふたりほどやって来た。


「どうしたの、純架……あらまあ」

「俺は悪くない」

「急にどうした、誰も悪いと思ってないぞ」

「俺は悪くないんだ……」


 やって来たのは俺と同じくヤギリプロモーション所属5人組アイドルグループ『Nb』のメンバーである、岡本智与くんと久野親治だ。今日は久々の5人揃っての撮影で、この写真は少し先に発売されるアイドル雑誌に載る。今日のために早起きをして、わざわざ郊外の公園まで来たというのに……。


「降ってきちゃったな、雨」

「……俺は悪くないもん」

「なんでそんな自罰的なの?」

「悪くないのはわかるぞ、お前ひとりで天気が左右される訳もないし」

「うう……」


 親治は俺の肩に腕を回して引き寄せる。慰めようとしてくれているのはわかるけれど、そのあと俺の頭に自分の顎を乗せるのはやめてほしい。接触は適度なものに留めて欲しい。

 こんな体勢だけど、ちょっと俺のことを話させてほしい。俺こと市川純架は『Nb』の最年少でありメインダンサーだ。俺は俺のことがそれなりに好きだし、誇りに思っている部分も多い。ただ唯一許しがたい部分がある。それは、雨男のきらいがある、ってことだ。


「偶然じゃないか? 本当に」



 控え室に戻りながら親治はそう発言した。これはこいつなりの励ましでもあるし、きっと本心からそう思っている証拠でもある。久野親治という男は天を味方につけたような人類だが、意外にも天というものそんなに信用していないのだ。ギャップがあって面白い、けど、今はそこに注視出来るほどメンタルが立ち直っていない。


「……俺だって予報は見たけど、こんな早い時間じゃなかったことない……?」

「夜から予報だったもんねえ」


 智与くんの言葉に俺は頷いた。そうだった、昨日見た天気予報だと雨は夜から夜中にかけて本降りになると言っていた。そして今の時刻は午後二時前、些か早すぎる気がする。まだ夕方でもないのに。


「そんなこと言ったってどうしようもないだろ? 天気予報だって外れる時もあるし」

「最近当たってたよね?」

「うーん、どうだったかなあ。夏場は空模様が変わりやすいよ?」

「そう、かも知れないけど」

「そうかも、じゃなくて、そうなんだって」


 そう言い捨てると親治は大きく溜息をついた。誤解しないでほしいのは、親治は決してイラついている訳でもなければ、俺に呆れているという訳でもないということ。こいつの言動は結構わかりづらい、俺だって出会った当初だったらきっと誤解していた。言い方は合理的でぶっきらぼうだけど、その実、自責的な俺を心配しているのだ。


「……ごめん、親治」

「謝るのも良いから。お前がそんな風になっちゃう必要もない」

「これに関してはちかっちの言い分が正しいよ。純架が凹む必要は本当にないんだから」

「……悪いことに理由を求めるのは俺の良くないとこだなあ」


 根を詰めすぎというか真面目すぎというか、自分で自分のことを真面目なんて言うもんじゃないけど。ただ周りからの反応を見るに、きっと俺は真面目すぎてしまうのだ。


「対処しようとしてる、ってことだろ。原因を考えるってことは」


 親治は控え室に辿り着くと、近くにあったパイプ椅子を引き寄せて腰を落ち着けた。そしてそのまま俺に対して腕を広げる。……いやお前の膝の上には座んないけど、絶対に。


「なんでだよ!」

「なんでだよはこっちだよ、いい歳して」

「いい歳じゃなかったら良い、みたいな言い草だね?」


 智与くんの余計な一言に俺の顔は曇り、親治の顔はむしろ明るくなった。そうなんだよこいつ、表情だけ見るとむしろ分かりやすい。言葉がつくから、なんだか分かり辛くなるんだ。不思議な人類である。

 親治はそのまま、パイプ椅子を少し浮かせた珍妙な姿勢のまま机に近寄る。さながらにわとりのような格好だ。そして机の上に置かれていたお菓子をひとつ摘まむ、個包装のおかきだった。


「話は変わるけど、お前は対処しようとしてるんだろ」

「それなら話は変わってないよ、続いてるよ」

「あ、そうか。で、純架は自分でなんとか出来そうなことはなんとかしたいんだろうな」

「それは、あるかも知れない」

「だから真面目って言われるんだよ、まあ美点だな」


 思い当たる節は多数ある。というかさっきまで考えていた真面目かどうか、という話が思わぬところで帰結したなあという感想。そういうことを面と向かって言ってくれるひと、案外いないから少し新鮮な気持ちだ。


「でも純架の力だけじゃどうにもならないことはあるから、もうちょっと肩の力を抜いた方が良いと思うときがある」

「おれもそう思うときあるよ」

「智与くんまで!?」


 思いがけずの伏兵というか、まさか智与くんまでそんなことを言うとは思いもしなかった。まあ別に、言ってくれて良いんだけど。しかし肩の力か、どうやって抜くんだろ。


「多少無責任でも良いかも、とは思うね。純架は地に足つきすぎてるし」

「地に足につきすぎてる人間、アイドルなんてやらないと思うけど」

「正論禁止~!」

「ごちそうさま」


 俺と智与くんとが話している間、やけに静かだった親治はおかきを食べて挙句にお茶まで飲んでいたらしい。大層なリラックス具合だなあ、とじっとり見つめていたら親治は窓の方を指差した。


「まあでも、なにも動かなくても事態が好転することはある」


 これは好天だけど、という残念な駄洒落を述べてたのが嫌すぎたけど、外は見事な青空が広がっていた。通り雨だったらしく、すぐに雨雲レーダーで確認したけどしばらくはこっちに雲が来ることはなさそうだ。


「これで多少は肩の力覚えたのでは?」

「……どうだろうねえ」


 地に足つきすぎと言われた俺だけど、ほんの数センチ、いや数ミリくらいは浮かせても良いかも知れない。やっぱりまだ少し、怖いからね。

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Today is YAGIRI ~7月の彼ら・彼女らの日常~ @kuwasikuki_temo

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