7.夜のすべてが羨んだ【Day7・あたらよ:友安+筧】

「……日が昇るの早くなっとるなあ」

「……まぶしい」


 現在は朝の5時を少し過ぎたあたり。俺らはある放送局から出てきたばかりだ。

 この放送局から毎週月曜の深夜2時半から電波に乗っかっているのは『Seventh Edgeセブンスエッジのハーフタイム』というラジオである。週替わりでメンバーがMCとなり、2時間という長丁場でお便りを読んだり駄弁ったりゲストを読んだりとてんこもりな番組なのだ。

 通常はほぼ収録なのだが、今回は稀にある生放送回。七夕前夜(いや当日?)ということでスタッフさんが気を利かせてくれたそうだ。いらん気の遣い方では?

 今回のMCは俺、友安雅春ともやすまさはると、リーダーの筧哲次かけいてつじだった。俺と筧の回は『神回』と称されるものが多いらしく、今回もSNSでは『セブハフ神回』という文言がトレンド入りしていた。有り難い限りである、まあ実際今回めっちゃ面白かったしな。


「おい、哲次。さっさと車乗りなや」

「んー……ごめん」

「眠かったら寝れば良いから」


 迎えの車に乗り込む俺と哲次。既に哲次は電池が切れかけのようで、いつもなら眠そうにしていても大きく見える目がほぼ糸目だ。今日はこのあと宿舎に戻ってオフ、というかこんな状態で仕事は出来ないため強制活休日だった。これは生放送あとのお決まりである。

 もうひとつ言っておくと、俺ら『Seventh Edge』は現在2人、2人、3人に分けて宿舎生活をしている。俺と同室なのが隣にいる哲次だ、……めっちゃ頑張って起きようとしているけど無理そうだな。よって帰ったら2人揃ってシャワー浴びて寝るだけだ、ちょっと気が楽だ、同室の奴が仕事だと気を遣うからな。


「……そんな首ガクンガクンさせて……」

「んぁ?」

「お前のことだよ、眠かったら寝ろよ。あと20分くらいで着くけど」

「……おきてる」

「何故そこまで頑ななんや」


 俺が呆れたように言えば哲次はむっとしたように眉根を寄せた。

 今日のこいつはいつにも増して眠そうだ。いつもはここまで酷くない、夜の放送に合わせて昼過ぎに起きて準備をし、帰って来ても8時近くまでは活動している。しかしどうして今日はこんな風なのか、というとひとえに放送中張り切り過ぎた、というだけなのだ。

 それくらい放送が楽しかったのは頷けるけど、だからって電池切れる寸前まで活動するのはヤバい。社会人としてそれはヤバい。


「ねーえ、雅春」

「うわっ、どした、びっくりした」


 いつもより5倍はふやふやな喋り方をしている哲次は、急に俺の方へもたれてきた。いやこれは最早落下だ、頭が落ちてきたようなものである。びっくりした俺がすぐに衝撃のあった方を向くと、俺の肩に顔を埋めてにやにや笑ってるそいつと目が合った。なんか、無性に腹が立った。


「……なんやねんお前さっきから。眠そうやったり、えらくご機嫌やったり」

「そりゃあ、雅春と一緒ならごきげんにもなるよ」

「若干話に整合性取れてへんと思うけど、いつもありがとな、そういうこと言ってくれて」

「……嘘だと思ってる?」

「がっつり本当だと信じてるからこの対応デス」


 何故か俺に対して愛情深い同期兼リーダーは、俺がそう言えば満足そうに笑ってより肩に顔をめりこませてくる。これは最早俺の肩がなくなるのが早いか、哲次の顔が吸収されるのが早いかって感じだ。いや早くないよ、どっちもありえんすぎる。


「本当、さあ」

「なに?」

「楽しかったなあ……」


 哲次は俺の肩に、そう語り掛けた。言うなら俺本人に言うてくれ。

 折角なので番組の回想を2人でしてみることにした。序盤、ふつおたのコーナーで常連ハガキ職人の方からの珍妙だけど少しほっこりする、けども『ないわー』で溢れたメールを皮切りに番組はスタート。それからもあんまり言いたくはないけど言うと爆笑と共感で溢れる話題や、お決まりの『セブッジさん、これは人間関係の悩みでしょうか?』のコーナーで自分の特殊な性格の問題なのか友人のおおらかさの問題なのかで議論が白熱し、俺と哲次が言葉で15分くらい殴り合うなんだかよくわからない楽しい時間が到来していた。

 実は今回ゲストも登場しており、いつも俺らの冠番組のMCや、自分の冠番組に呼んでくれる芸人のパールパープル・石踊いしおどさんが堂々の5回目登場。この石踊さんとはコーナーの『自分の青春を成仏させよう』にて、何とも言えないおどろおどろしいけど少し甘酸っぱい青春を笑いたっぷりに葬り去った。

 うーん、回想してみたけど、回想しただけで楽しすぎる。

 そしてそれは哲次も同じだったようで。


「もっかい同じのやりたい……」

「もっかい? 今回のラジオをもっかいやりたいって?」

「……明けない夜はないけど、明けなくて良い夜だった、まじで」


 なんとも詩的で素敵な言葉だ。『明けない夜はないけど、明けなくて良い夜だった』とは。

 いやでもこの言葉、なんか既視感あるな。……なんだっけ、えーと。


「あれ、前も同じようなこと言っとらんかったか? お前」

「言ったよ」

「あっさり認めたな?」

「そりゃあだって、お前と一緒の夜は大体そういうこと言ってるし……」


 そう哲次に言われてふと思い出した。以前言われたのは『きっと星だって月だって、俺らが楽しそうにやってるの見たら沈みたくないだろうに』だ、これは相当自惚れがひどい気がするけど似た文脈と言えば似た文脈だろう。

 なるほどな、つまりこいつ、俺と一緒にやるラジオが楽しくて仕方ないのか。……とか言ってみたけど、今更驚きも何もなかった。だって昔からそういうスタンスだし、こいつ。


「お前って本当に俺のこと好きだよな」


 宿舎の寸前にある角を曲がり、あと1分もなく到着する。そんな頃合いに俺が呟けば、当然でしょ、と言わんばかりに哲次は俺の手を握ってきた。こいつ、眠たいからかいつにも増して体温が高いな。


「おれは、雅春と同期で友達ってだけで世界から羨まれるだろう、羨まれて良いだろうってくらい普通に思ってるからね……」


 そう哲次が言い終わると同時に車は停まった。

 互いに運転してくれたマネージャーへ礼を言い、通常の0.75倍速くらいでマンションに入っていく。最早使い物にならない哲次を家に運び込み、シャワーを浴びるか、風呂を溜めるか悩んでみる。まあ結局シャワーにするんですけどね、というところで哲次が俺の腕を掴んだ。


「……なんすか」

「一緒にはいろ」

「やだよ、狭いやろ」

「……じゃあ一緒に寝よ」

「それはええよ」

「えっ⁉」

「はい、目が覚めたー」


 入ってらっしゃい、と俺が風呂場へ蹴り出せば哲次はずっと困惑していた。

 まあ俺は、友達に対してそんなに嘘はつかないのです。

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