5.最終手段は「みんなで考える」【Day5・三日月:嵐山+手塚+門脇】

 おれ、嵐山旬哉あらしやましゅんやは悩んでいた。主に、次のアルバムコンセプトについて。

 主にと言ったのはそれ以外でも悩む事項は沢山あるからだ、ライブ演出のことであったりポップアップのグッズについてだったり、しかしいちばんはやっぱりアルバムについて。これが最もちゃんと準備しないといけない事柄である、CDの販売量や話題の大きさは自分たちの今後にも影響してくる。グループのことだから真面目に考えなければいけないのだ。

 ……まあ真面目に考えている横で、くすくす笑われてしまっているのだけど。


「なんだその態度はぁ」

「いや、なんだ……珍妙な動きだな、と」

「珍妙!?」

「指を『C』」にして動かしてんのおもしろーい」

「ああ……そういうこと……」


 俺が借りた会議室には、俺の他に同じ『2dot.ツードット』のメンバーである手塚慎てづかまこと門脇崇司かどわきたかしがいる。俺がアイデア出しをやったあとにグループ会議をしよう、と思っていたら何故かふたりともついてきた。こいつら、おれのこと好きすぎだろ。


「リーダーのこと好きなのは当然だろ」

「それはリーダーだから好きってこと?」

「……黙秘」

「ねぇえ! テンション下がんだけどそういうのマジで!」


 イラついたおれの様子を慎は鼻で笑う。いわゆる正統派美少年(年齢的にとっくに中年だが)である慎だったが、中身は昔からやたらと無骨だった。今も変わらない、出会った頃よりはかなり茶目っ気が出てきたけども。


「まあでもオレらがしゅんくんのこと好きなのは昔からだしねー」

「崇司は癒しだなあ……いてくれてありがとう」

「なによりも見てて面白いし!」

「ここにおれの味方はいないのか」


 えー? と不思議そうな声を上げて肩を竦める崇司。『2dot.』では最年少だが同時にいちばん背の高い彼は、ぱっと見起業家のような出で立ちだけど中身は不思議ちゃんと言っても過言ではない。そういうとこが可愛いんだけどな! アラフォーになっても、末っ子は末っ子だ。


「で、なにをしてたんだ? 指を『C』にしていたやつは」

「あ、これ?」


 慎に言われるがまま、おれは両手の人差し指と親指を曲げて『C』の形にする。先程からずっとやっていた謎のポーズ、これが次のアルバムコンセプトに大きく関係している。


「オレらがそのポーズやるってこと?」

「おれらはこのポーズやらないけど、次のコンセプトは『三日月』だから」

「何故三日月……『月』で良いんじゃないか?」

「月はあったんです! 昔やったでしょ『Over The Sea』!」

「『OTS』って月かあ」


 そう、もう何年前かは思い出せないけど『月』コンセプトならやったことがある。厳密に言うと『月』と『海』だ、アルバムタイトルから察してくらいだろう。コンセプトは基本的に何かと何かの組み合わせだ、おれが今いちばん悩んでるのは『三日月』と何を掛け合わせるかというそういうところ。だから指を三日月みたいにして、繋げたり重ねたり、形から別の情報を得ようとしていたのだった。


「しかし『三日月』ってまたニッチだな。クロワッサンくらいしか思いつかないぞ」

「それまんま『三日月』って意味じゃん……」

「えーそうなんだ! クロワッサンって三日月って意味なんだ! 何語? ドイツ語?」

「フランス語」

「でも形だと確かに食べ物になるんだよな、関連付けが。おれもバナナくらいしか思いつかないし」

「形で考えるのやめたらー?」

「というかお前って、コンセプトから曲作ってるのか? 逆じゃないか、いつも」


 慎に言われた言葉は、的確だった。

 おれは楽曲制作もしているが、基本的にアルバム作成時はどの楽曲を入れるか会議して決定したのちにコンセプトを決める。というか、うっすらコンセプトがあって楽曲を決めた後にコンセプトの細部を決定するというやり方だ。今回もそれなのだけど……。


「タイアップ曲が今回タイトル曲だから……」

「『Luna/30ルナサーティース』のCMソングあったね」

「ああ、だから『三日月』か」


 俺らがアンバサダーを務めるコスメブランド『Luna/30』は名前の通り、ありとあらゆるところに月の意匠が用いられておりその中でも代表的なシリーズに三日月の名がついているのだ。そのため今回はどうしても三日月をコンセプトイメージに登場せざるを得なかったのである。


「じゃあ他の曲を元にサブコンセプト決めるしかないな」

「他の曲なあ……」


 慎の言うことは尤もだ。今回のアルバム曲はタイアップ曲含めどれも肝煎り、どれかのコンセプトをサブに入れればそれで完結する……のだが、肝煎り過ぎて選ぶことが出来ない。曲に思い入れが強過ぎるとこういうこともよく起こる。慎はとんでもない顔してたけど、いやおれ、悪くなくね?


「良いことだけど普通に阿呆だろ、とは思った」

「く、くっそ~! 反論出来ない!」

「反論しろよ、受け入れるな」

「ん~……」

「どうしたの、崇司」


 おれが慎と茶番のような言い合いをしていると、黙っていた崇司が急に唸り出す。よく見るとおれが持ってきてた次のアルバムの資料──収録曲のリストを眺めていた。どの曲も収録済みなので、実際の音がこいつの脳内には響いているはずだ。


「なんか、共通点ないかなあって思ったけど……」

「あったっけ、共通点」

「俺が歌った限り、目立った共通点はなかったと思うが」


 コンセプトアルバムなら兎も角、今回はタイアップ曲含むアルバムなので曲自体に共通点はないはずだ。まあよっぽど毛色のちがう曲は入れないように気を付けたけれど……、崇司にはちがうものが見えているのかも知れない。

 しばらくすると崇司は「あー」と納得したような声を上げた。なにか気付いた? おれと慎はゆっくり近付いてしっかり耳を傾けた。こういうときの崇司は有能極まりない、一言一句、逃してはいけないのだ。


「『甘い』!」

「……甘い?」

「なにが?」

「歌詞とか曲とか!」


 崇司曰く、今回収録されている曲は歌詞に「甘い」や「sweet」という単語が入っていたり、メロウでゆったりとした曲調が多かったりととかく『甘い』そうだ。なるほど、そういう観点はなかった。


「『三日月』と『甘い』でなにか出来ないかなー」

「それこそ『クロワッサン』だろ」

「え、そこに戻るの……?」

「でもパステルモチーフで『三日月』って男子アイドルだとあんまなくて良いかも」


 それは確かに、とおれは頷く。『2dot.』は可愛い系のコンセプトをやらない訳ではないけど、最近はやっていなかったし、久し振りに良いのかも知れない。

 やっぱり崇司は天才かも知れない、おれがそう呟けば崇司は照れて、慎はおれをどついた。

 いや、なんでだよ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る