4.絶対、いっぱい、大好き【Day4・口ずさむ:高倉+筧+結城】

 リハーサル室に戻ると何かしらが聞こえてきた。はんはん、というひとの声はまるでなにかを歌っているようで──ってこれはデビュー曲だ。『Seventh Edgeセブンスエッジ』の、ではなく、俺が前に所属していた6人組男性アイドルグループ『MYEAMマイーム』のものである。なんで今デビュー曲の『Turining』を? あれ、もう15年近く前の曲だよ?


「なんでその歌うたっとんの?」


 俺がその歌の発生源に背後から近付くと、そいつは体を大きくびくつかせてゆっくりこちらを振り向く。やはりこの子か、彼は同じグループのメンバーである結城晋ゆうきしん。茶髪の短い髪と、大型犬如くな顔付きが特徴的。あとは身長が大きい、平気で俺より頭1個分くらいは目線が上にある。


「えっと……シュートくん、怒ってる?」

「怒らんよ、そんなことで。なんで歌ってんのかなあ、って」

「えー……っと、理由を言うことで怒られそう……」

「なんでや」


 俺が笑い混じりで応えても晋は気まずそうに視線を泳がせている。ちなみに俺は高倉秀斗たかくらしゅうと、このヤギリプロモーションの7人組男性アイドルグループ『Seventh Edge』で所属するグループが3つ目、というドベテランである。デビュー3回は業界的にもかなり多い。

 もじもじしている晋に痺れを切らした俺は、彼の更に後ろにいた人物に声を掛ける。


「ねーぇ、てっちゃんさ~」

「……なんすか、秀斗さん」


 ペットボトルの水を空にしながら、うちのリーダーである筧哲次かけいてつじは怪訝そうに答える。晋には負けるがこいつも背が高く、あと体の至るところにタトゥーが入っている。ただ顔は可愛い系なので、完全にギャップ萌えの部類だ。俺は淡々と尋ねる。


「晋がこうなってる理由教えてくれん?」

「ああ、秀斗さんの真似してハミングしてたの聞かれて、しかも理由まで訊かれて恥ずかしい思いしてるだけっすよ」

「ちょっとなんで言うの!?」

「なんでって……言わない理由がなくない?」


 てっちゃんの投げやりな言葉に晋が向かっていく。その勢いに流石のてっちゃんもたじろいでいた、確かに自分よりでかい成人男性が走って向かってきたら怖いよなあ、わかる。

 まあ本題はそこではないのだけど。


「っていうか、俺の真似?」

「……秀斗さん、結構ハミングしてますよ、日常的に」

「うわ、マジか」


 まったくの無意識だった。しかし俺は晋にもみくちゃにされている哲次を助けに行くべきなのだろうか、いやなんとか出来そうだからいっか。しかし、やー、これは恥ずかしい。無意識の癖が自分にもあったとは。


「あの! 助けてください!」

「やっぱ俺はてっちゃんを助けなきゃあかん系?」

「うああん! てっちゃんのばかあ! きゅっ、ってしてやるきゅっ、って!」

「あかん音させんな!」


 きゅっ、ってうちのリーダーがされるのは流石にまずいし、最悪晋が犯罪者になるので割って入った。顔を真っ赤にさせた晋は肩で息をしながら、俺らに背を向けている。……どれだけ恥ずかしい自認なの? 俺の真似が恥ずかしいってこと?


「……んーと、本人の前で期せずして物真似しちゃったっていうのが恥ずかしいのでは」

「ああ! なるほど!」

「てっちゃんは解説入れなくて良いんだよ……より恥ずかしいから……」

「でも俺はなにも気付いてなかった訳だし……」


 どちらかと言えば無意識の癖を見出されていたことが恥ずかしい、というか。

 俺が説得し続けていると、ようやく落ち着いたのか晋はこちらを向いてくれた。良かった、何が良かったってあと30分もすれば他のメンバーもやってくる、そいつらが来る前に事が片付きそうで良かったのだ。

 うちのメンバーはこういう内輪揉めが大好きで、ゲーム企画になると全員で互いの足の引っ張り合いをする。俺もやられたらやり返すタイプだけど自分から仕掛けたりはしないし、てっちゃんは基本被害者ポジなので事を大きくしたりはしない。晋も言って善良なので、余程酷いことをされなければ復讐の鬼とはならないはずだ。だから今、この3人で事を終えるしかないのである。


「でもさ、なんで俺の真似して怒られる、って思ったの? 基本、怒らんよね、俺」


 ねえ、とてっちゃんに同意を求めればてっちゃんはすんなりと頷いた。ただ、とそのあと付け加えてきて晋がすかさず叫ぶ。


「ねえなに言うつもり!?」

「……なに、って、お前が秀斗さんの歌声に憧れてるっていう往年の話を」

「ほうほうほう」

「ちょっとそれ雑誌とかでしか言ってないやつ!」


 雑誌とかで言っているなら俺も知ってるだろう、俺だってその雑誌に載ってるんだ。

 というか現に知っていた、晋が雑誌で事あるごとに俺の歌声を絶賛し「ああいう風に歌いたいんですよね」と語っているのは。つかお前、練習生時代から言ってたことじゃん。俺が自分に向かっている褒め言葉を覚えていない訳なくないか。


「そ、そっか、覚えてるんだ……」

「そりゃそうやろ」

「お前は秀斗さんのことなんだと思ってんの?」

「え、尊敬してる大好きなひと」

「えっ……」


 ここでそんなことを言われて、俺の心にはD.moment先輩の『Heart is Yours』が流れ出す。ありとあらゆるバラエティ番組でも登場する、往年の名ラブソングだ。っていうかその歌を思わず口遊んでいた、特に有名なイントロの部分を。


「……あの、解決したならもういっすか。おれ、これから一瞬打ち合わせなんで」

「あ、ごめんてっちゃん」

「てっちゃん、きゅっ、ってしようとしてごめんね」

「秀斗さんは気にしないで。晋はあとでコーヒー奢れ」


 いってきます、とリハーサル室をあとにするてっちゃん。俺は晋と正面から見つめ合い、なんだか無性に照れてしまって同タイミングで顔を逸らした。


「なんで顔逸らすんだよ、晋さあ!」

「だだだだって、今思い返すと絶対それを言う場面じゃなかったなって! とんでもないこと口に出しちゃったな、って!」

「嬉しかった! ありがとう!」

「どういたしまして! 大好き!」


 そして何故かハグをした、感情の昂ぶりに身を任せすぎである。

 晋やてっちゃんとハグをするときは身長差があるので、俺は軽く背伸びをするし、相手は軽く屈んでくれる。これが何度やっても嬉しい、独りよがりではないという感じがする。


「……なにやってんだろうね、俺ら」

「わからない……、あ、ねね、シュートくん今度は俺のソロ曲歌ってよ」

「ソロ曲? 良いけど、どうする? カラオケでも行く? 久々に」

「えっ、そんな、良いんですか」

「良いよ良いよ、久し振りに行こうな」


 思えば、練習生時代はいつも一緒に遊んでたなあ。カラオケも滅茶苦茶行ったし、なんとなくそういう初心を思い出した出来事だった。忘れてた訳じゃないんだけどね、なんか、ね。

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