3.問題はそこではなく【Day3・鏡:岡本+金子】
「ん~、ん~……? ん……」
おれ、
「なにうんうん言ってるの」
「びっっっっっくりしたあ! よーくんいつの間に」
「ずっといたよ」
入り一緒じゃん、と語る彼は
謡くんもとい、よーくんは黒くて艶のある髪を撫でながらおれの右隣に座った。髪を撫でてるのはミラーリング、というやつかな。よーくんは目の前にいる相手と同じ仕草をすることが多いから。
「なんか悩んでる?」
「悩んでる、っていうか、最近髪が傷んでて寝癖がひどいなあって」
「ああそういうこと。寝癖は気にしなくて良いんじゃない? どうせメイクさんが直してくれるべ」
「そういうことじゃない~!」
今のおれは仕事の話をしている訳ではなく、自分の体の一部が傷んでいていやだ、って話をしているのだ。肌が荒れていたり、喉が痛かったりするのはいやでしょう? そういうことを話している。……と、よーくんに説明すれば彼は少し納得したようだった。
あんまり良い物言いではないけど、よーくんは時折共感性に欠けることを言うことがある。おれや他のメンバーはその都度「そういうことじゃなくて」と訂正をして、よーくんは変な言い訳もせず頷いてアップデートしてくれるのだ。正直、その姿勢は好きだ、尊敬もしている。
「……でも、お前が髪を傷めるのは正直しょうがないんじゃない? ビジュ担のハイトーン担だし」
「まあね……仕事柄しょうがないよね。おれ、黒髪似合わないし……」
「似合わないってことはないと思うけど。可愛かったよ、昔の写真」
「それは絶対年齢補正あるから! おれが君に見せた写真、小学生の頃のじゃん!」
しかも小学3年生という第二次性徴も全然始まっていない、いちばん中性的な頃の写真だ。それを見て「可愛い」と言われるのもそりゃそうだろう、という感じだ。おれだって我ながら可愛いと思うし。
「今も可愛いよ」
「知ってる~、おれは可愛い」
「自分の髪がバサバサで心を痛めてるとことか」
「……よーくん、感性ちょっと変だよ」
「そう?」
こてんと首を傾げたよーくん、あらあざとい。よーくんのこういう細かい仕草は結構可愛い、可愛いというか可愛いこぶっているというか、ちゃんと他人に感情を喚起させる仕草なのである。その感情は色々だけど、おれは可愛いと思ってる。めっちゃ参考にさせてもらっているのだ。
「さんこう? へ?」
「よーくん、もしかして無自覚だった? うそ、じゃあ気付かせちゃだめなやつじゃん」
「僕、え? そんなことしてる?」
「まじで無自覚なやつだ~! ちなみに今おれがしてるポーズもよーくんが今してるポーズだよ」
おれがしているのは両手で自分の両頬を包み込む、ホーム・アローン系のポーズである。これはよーくんが驚いたときによくするポーズで、今もしている。彼はおれに指摘されて、恐る恐る目の前にあった鏡を見た。そして撃沈した、うん、やっぱり気付かせちゃだめだったっぽい。
「……僕さあ」
「はい」
「『Butters(『Nb』のファンネーム)』のみんなから『可愛い!』『あざとい!』って言われる度に、軽度節穴? と思ってたんだけど」
「言い方! 恋は盲目だからしょうがないの」
「まあそうか……。で、あの、そうか、こういうことしてるからか僕……」
「でもすごく良いと思うんだけどなあ。よーくんのキャラで、こういうアクションしてるの」
「ギャップ萌え、ってやつ?」
「いや? ある種の正統派、かも知れない。あと流石女きょうだいしかいないひとはちがうなあ、って思ったよ」
「どういう感想なのそれは」
困惑した顔から急に真顔になったよーくん。いやそれはそのまんまの意味だよ。おれは弟がひとりいるだけだけど、よーくんはお姉さんとふたりの妹ちゃんがいる女系家族のひとだからか、仕草や口調のひとつひとつが女性的だ。あざといと言われがちなのもそこが原因だと思っている。
「直、さなくて良いよね? っていうか、直し方わかんないけど」
「直し方わかんないならそのままでいたら? 勉強させてもらってます」
「おう……?」
今度は眉間に皺を寄せて不可解さをアピールするよーくん。まあわからなくて良いよ、分かんない方が良いかも知れない。
そうこうしているうちにノックの音が鳴り、スタッフさんが控室に入ってくる。今日は女性ファッション誌の表紙の撮影だった、だからおれは前日に美容院へ行ったのだ。元々行く予定だったけれど。ハイトーンは維持に時間もお金もかかるので。
「僕もしてみようかなあ、ハイトーン」
「絶対やめて」
「ええ……」
なんでえ? と訊いてくるよーくん。衣装に着替え、ヘアメイク中だった。7月だけど撮影しているのは9月末発売の10月号なため、服装は冬服に近い秋服でなんだか不思議な気分になる。
よーくんの提案を、おれは秒で叩き落とした。しかも『絶対』付き。本当にやめてほしい、と反射的に思ってしまったのだ。
「『Nb』でのブロンドコンセプトがあればしょうがないな、ってなるけどそれ以外でプロデューサーに提案するのは絶対にやめてほしい」
「なんでそこまで頑ななの。意味わかんないんだけど」
「わかるでしょ⁉ 『Butters』はよーくんの黒髪のファンだし、おれも黒髪のファンなんだから!」
「あーそういう?」
逆にそれ以外にあるだろうか。これはおれの持論だけど、黒髪が似合うひとは元の顔立ちがシャープ且つ落ち着いてる雰囲気があるひとで、よーくんはその条件をすべて達成している。雰囲気だけだと最年長だと思われがちだし(実際は上から2番目だ)、骨格も骨ばっていて男性的。だから顔のあどけなさが良いアクセントになっているのだろう、とかも思ったり。
要するに、似合うので、やめてほしくない。そういうことだ。
「……なんか、トモに言われて初めて気付くこと多いな。これだけ鏡見てるのに」
「自分のことで自分が気付かないことも多いのは仕方ないから。性格のこともそうだし」
「ちなみにお前は、意外と赤が似合う」
「なにその情報。え、そうなの、おれ赤似合うの?」
「前なんか、衣装でメジャーリーグのユニフォームみたいなの着ただろ、赤いやつ。似合ってた」
「ああ……あれかあ」
特段SNSでの評価は目立っていなかったからスルーしていたけど、よーくん的には刺さるものがあった、という感じだろうか。赤の服、持ってないなあ。こればかりは鏡だけ睨んでいてもわかりっこない情報だった。
「メンカラ交換企画、とかいつかやったら楽しいかも」
「それは楽しそう。僕はどんな色が似合うかな」
「よーくん元々青だからなあ、やっぱり黄色じゃない? 紫と緑は青に寄ってるし」
「『おれの色に染まれよ』みたいなこと?」
「君それ好きだねえ! おれがライブで言ったやつ! ずっと擦るじゃん!」
「えへへぇ」
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