一時間くらい明日美の勉強を見て、明日どこから単元をやり直さないといけないのかが見えてきたところで、お開きにすることにした。彼女はまだぱっちりと目を開けていたし、もうちょっとやる、とも言ったのだけれど、そろそろ寝る支度をした方がいい。高校一年生は、まだ育ち盛りだ。

 「早く寝ろよ。俺が咲子さんに怒られる。」

 広げていたプリントを、クリアファイルに挟んでリュックサックにしまってやりながら言うと、明日美は軽く頬を膨らませた。

 「そんなんでお母さんは怒らないよ。悠ちゃんはいつも私を子ども扱いする。」

 「いいから早く寝ろ。」

 はーい、と、しぶしぶ椅子を立った明日美は、洗面所に歯を磨きに行った。別に彼女を子ども扱いしているつもりはないのだけれど、子どもでいられる内は子どもでいた方がいいと、そんなふうに無意識で考えている自分がいることには気が付いていた。俺は、記憶にある限りずっと、子どもではいられなかったから。夜毎出歩いては俺を置き去りにし、死の恐怖を与え続けた実の母親は別として、俺を引き取ってくれた耕三さんも咲子さんも、俺を明日美と変わらないように扱ってくれた。今でもそうだ。それでも俺は、やっぱり上手く子どもに戻れなかった。

 食いそびれていた晩飯を食おうかな、と、台所に立っていくと、生姜焼きと味噌汁、ごはんがきちんとラップをかけて用意されている。作ってくれたのは咲子さんで、すぐ食べられるように用意してくれたのは明日美だろう。

 「悠ちゃんはまだ寝ないの?」

 歯を磨き終えて、自分の部屋に引っ込む途中で台所を通りかかった明日美が、俺の顔をひょいと覗き込む。

 「あれ? 悠ちゃんそんなに生姜焼き好きだったっけ?」

 「……うん。」

 頷いて、明日美の髪を撫でた。なーにー、と笑った彼女は、お休み、とそのまま台所を出て階段を上って行く。

 先生の家族は幸せそうで……、

 今なら素直に頷けるのか、それともやっぱり首を動かすことができないのか、俺にはよく分からないままだったけれど、用意された食事を電子レンジで温め直し、ひとり、リビングテーブルで食べた。

 大学に入ってバイトを始めてから、明日美や咲子さんと食事をすることはずいぶん減ったな、と、ぼんやり思う。咲子さんとはとくに、ほとんど朝の短い時間しか顔を合わせていない。

 今日は起きていようかな、と思った。今日は起きて、咲子さんを待とうかな、と。多分咲子さんは、こんな時間までなにしてるの、と怒って、俺をベットに放り込むのだろうけれど。

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