第4話 彼女の名は、魅鬼
——彼女。
どんな人なんだろう。
電話を終えた司牙は戻ってきた。
「あ、あの、司牙さんは、お付き合いされている方がいらっしゃるんですか?私は1人で大丈夫なので行ってあげた方が......」
というより、もし今夜予定があるなら、私のせいで引き止めてはいけないと伝えるべきだと考えた。それに今夜の食事も取らなかった理由にも納得がいく。
胸の奥が波立っていた。
「え?いないけど」
え?
「えでも、先ほど『彼女』って仰ってたので」
「あぁ! 魅鬼君のことか! ごめんごめん誤解させてすまない。彼女っていうのは、同僚なんだよ」
......誤解していた自分が恥ずかしくなった。同僚である女性の名前は、魅鬼<みお>というらしい。
「魅鬼君は、すごく優しくて正義に満ち溢れているんだよ。しかもすごく理解のある女性だ。話せばわかるよ。そうそう、百合さんは学生だから学校に通う気はある?僕は日中仕事でいないし、1人でいるのも心細いんじゃないかと思って」
「え、でも人間ってバレたらやばいんじゃないんですか?」
「それは彼女の口から説明させよう。学校のことも任せて。それで今度、魅鬼君と君を合わせたいんだけど......どうかな?」
「私は大丈夫ですが......」
「じゃあ決まりだね」
その後、空いている部屋に布団を用意してもらい、2人は就寝した。
百合は、そわそわしてよく眠れなかった。
翌朝——
「お、おはようございます」
「おはよう、百合......さん」
「百合でいいですよ、娘なんですから」
目が覚めると、お互い無意識にダイニングに集まっていた。正直、あまり眠れなかった。
2人はなんだか昨日より緊張している。
「はは、昨日の約束すっかり忘れてたよ。自分で言ったくせに、じゃあ慣れるために今から呼び直そうか」
「そうですね。お父さん」
魅鬼が司牙の家に到着するまでの間、リビングで軽く食事をとる。
今日のメニューはサンドイッチだ。
2人は食べながら今日の予定を組み上げる
「まずは、百合の希望通り、まず1週間後に君はここでいう学校に通う学生になる。そこで制服を買わないといけないんだけど」
「あのそのまえに、私お金無いんですが......」
お金という単語に、百合は司牙の話に割って入った。
「そこは安心してほしい。僕が全部出すから気にしないで。こっちの都合に合わせてもらっているしお金が欲しい時は遠慮なく」
「ちょっと...活みたい」
「...活?」
「今のは忘れてください」
百合思わずポロッとでた単語は、 “パパ” には聞こえていなかったようだ。
食事を終えた百合は、気合を入れてするものでもない準備をしていた。
服は、 “あっち” の制服しかないし。
しばらくした後、インターホンが鳴る。
いよいよ司牙以外の人に会うことに緊張とワクワクが入り混じっていた。
百合はこう見えてオカルト映画やホラー映画に興味がないわけではなく、むしろ好きな方だ。
小さい頃から、自分とは違うところに興味を惹かれた。怖さはあるが、どことなく優しさが伝わってくるのがわかる。
だが信じてはいけないと百合の中で気持ちがおしくらまんじゅうしあっている。
靴を履き、2人は外へ出た。
淀みと混沌
なんとなく重たい黒い雲
冷たい空気
そうか、これが “こっち” なんだ——
父親のようなそぶりを見せながら、司牙は彼女を呼んだ。
彼女は百合のことを見ると、一瞬だけ驚いた顔を見せたが、その後は少し微笑みながら近づいていった。
「初めまして、魅鬼です。司牙君の同僚です。よろしくね!」
背は百合の頭一個分高く、銀髪の女性だった。華奢な体に白銀色の角がおでこから一本生えていた。それを見ると、彼女は骸骨では無さそうだ。
「百合です。はじめまして......」
——なんて美人なの!!
思わず百合はこぼしてしまった。
「え!? やーだ私別にそんなっ百合ちゃんもめっちゃ可愛いよっ」
魅鬼はうれしさのあまり角が赤く染まっていた。......そっちなんだ。
「......えっと、話が終わったら車においで、準備してくるから」
「もしかして納車した? やった〜!」
「いやいや、いつものだよ。僕のはまだ納車できてないし」
2人は凄く仲が良さそうだった。百合には彼らがバディに映った。
司牙を乗せた高級感と貫禄のある黒いセダンの車が待っていた。
「この車何年目になるっけ、そろそろ買い替えをお願いしようか」
「じゃあスポーツカーを新調してもらおうよ。最近走り屋が多くって。まずは5台は司牙君のキャッシュで買うでしょ」
「5台もいらないだろう......それに僕の権限じゃ到底無理」
三人は車に乗り込むと、前席の二人がいつの間にか話を始めていた。
大人の会話に踏み入る隙もなく、百合はずっと静かにしていた。
「百合、今日は魅鬼君と学生服を一緒に見に行ってほしいんだ。僕1人じゃ、アレでしょ?」
司牙は父親らしく、娘の様子を気にかけているようだった。
「司牙君は洋服大好きだから、話が止まらなくなっちゃうんだよ」
「そういう意味じゃなくて......」
魅鬼は慣れた素振りで司牙をからかう。
「あの、お二人は、その......長いんですか?」
そして百合も、頑張って輪の中に入る。
「仕事?うん、学校を卒業してからなんだかんだずっと一緒だよね」
百合の質問に魅鬼が答えた。
それが嬉しかったのか、百合は少し冗談を言う。
「確かにお似合いですよね」
「百合......それは意味が違う気がする」
「え?何が?」
「魅鬼君にはなんでもないよ」
三人の会話は車内で膨らみ続けていた。
そして話は、『能力』に流れた。
“こっち” では『能力』を持つものが多く、小さいものから影響を与えるくらいのものまで幅広く存在するそうだ。
「実は司牙君、けっこう強いんだよ。その能力を買われて、もうすぐ頭(トップ)に行けるくらいなの」
薄々感じてはいたが、やはり彼はすごい人なのか。
「司......お父さんって凄い人なんですね」
「へえ、百合ちゃんにお父さんって呼ばせてんだ。じゃあお父さんの “社会科見学” いつかできるといいね!」
「僕の?」
“こっち” の父はわずかに目を丸くして、むずがゆそうに咳払いする。
一体彼ははどんな能力なんだろう。
知らないことが多くなってきた。
いや、知りたくなったものが多くなってきた。
百合の好奇心はどんどんくすぐられていった。
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