剣聖は元同僚を狙わない
ある日、オーランドが書類仕事をしていると騎士事務所に人が尋ねてきた。
「やぁ、オーランド」
「ん? ああ、クレアか」
尋ねてきた人物はクレアという王都騎士隊の元同僚であった。身長は170ほど、濃い紫めの青色の髪をしている。髪型はショート系であるが首筋に向かって長く肩まで伸ばしている。優しくも凛々しい目をしていて、色はやわらかい青みの緑をしている。女性的でありながら同性の女性を虜にする綺麗な顔立ちである。
彼女とはオーランドが王都騎士隊を離れてからも縁があり、何度か仕事を共にした。また、手紙のやり取りもしている。オーランドとしては王都騎士隊の中で一番仲の良かった同僚であった。
また、オーランドはクレアが女性でありながらある理由により口説くことをやめた。最初は口説こうと思っていたがあることに気づいてからはやめたのである。接し方は変えてないが、モチベーションは変わったのである。
「おや? 見ない顔だね」
「はい。エレナ・リベラと申します」
クレアはエレナに顔を向ける。エレナは相手の白を服装とした騎士服から王都騎士隊の人間と判断し、敬礼をして自分の名前を言った。
「そう畏まらないで。私も君も同じ騎士だから」
「はい。ありがとうございます」
エレナは敬礼をといた。
「私はクレア・ベイリー。よろしくね」
クレアは手を差し出す。その手を取るエレナ。
「はい。こちらこそよろしくお願いします」
「うん、綺麗な手だね」
クレアは握ったエレナの手の感触を確かめながら話す。
「え? 」
「鍛えられて少しゴツくなっているがそれは努力の証だ。それによく手入れされている。とても綺麗な女性の手だ」
「……ありがとうございます」
エレナは戸惑いながらもその手を放した。そして自分の手をくるくる返しながら見て、嬉しそうに微笑んだ。
オーランドがクレアを口説かないのはこうして隙あれば女性を口説こうとするからである。王都騎士隊の頃からこうなのでオーランドはクレアが女性を好きなのだと思っていた。
――――これはオーランドの誤解である。確かに気取った態度を取ることが多いクレアだが、基本的に彼女が女性に発する発言の多くはオーランドから言われて嬉しかったことである。オーランドは覚えていないので無理はないが、自分に女性らしさなんてないと悩んでいたクレアにとってオーランドからかけられた言葉はとても嬉しく心にいつまでも残っているのである。――いつしかオーランドに恋をするほどに――彼女はただ自分と同じ悩みを持つ女性が一人でも多く救われるように自分が救われた言葉の数々を言っているに過ぎなかった。
「部下を褒めてくれるのはありがたいが、要件は何だ? 」
オーランドは一つ咳払いをして本題に入るようクレアに促した。
「ふふ、嫉妬したの? 」
「部下を褒められて嫉妬する上司などいない。ただここにきた要件が気になるだけだ。ソフィアの件もあるしな」
クレアはムッとした顔を見せる。
「随分と仲がいいんだね? ソフィア嬢と」
オーランドは年単位で関わったことのある人間しかファーストネームで呼ばない。それを知っているクレアはオーランドとソフィアの仲を疑った。
「まだ二回しかあってない」
「そっか」
オーランドの様子から親密な仲ではないと判断したクレアはムッとした顔をやめてニコリと微笑んだ。
「ここに来た要件は残念ながらソフィア嬢の件ではないよ」
「なら何だ? 」
「剣聖オーランド・ハワードに依頼をしに来たのさ」
「明後日に王子がここラタエをお忍びで訪問する。その為の町掃除と当日の王子の護衛依頼を頼みたいんだ」
オーランドは町掃除とは悪党一掃のこと、お忍びということは内容は聞かない方がいいと判断した。
しかし、小さい悪党まで含めたら明後日までに綺麗にできるとは思えなかった。オーランドは恐らく目立つ奴がいると考え、クレアに聞く。
「掃除といっても隅々まで綺麗にはできんぞ」
クレアはニコッと笑い答える。
「そこまで求めてないよ。ただ大きく目立つのがあってね。そこさえ綺麗にすれば王子も文句は言わないさ」
「わかった。引き受けよう。場所はわかってるのか? 」
「うん。バッチリ」
クレアは指で◯を作り、ウインクを一つオーランドに送った。
「エレナは留守番を頼む」
「はい」
「エレナを連れて行かなくていいの? 私は気にしないよ」
「俺とクレアが入れば充分だ」
オーランドは職務中にエレナを口説かれていては仕事にならないので留守番を任せたのである。もちろん、自分のできない部分をクレアが補ってくれるので二人で充分というのも嘘ではない。
「ふふ、そうだね」
クレアは嬉しそうに笑った後、事務所を出るオーランドに着いていく。
ラタエ郊外の洞窟に着いた二人。この洞窟は郊外にあることもあり人通りが少なく悪党が潜伏するには打ってつけの場所である。その為月に何度か偵察に来るほどである。最後の偵察は一昨日である。その時は異常なしと報告されていたことをオーランドは思い出した。
「ここにいるのか? 」
オーランドはクレアに視線を送る。
「うん。ガルシア一味の残党がね。図々しくも王都近くにアジトを作っていてね。一週間前に大体は捕まえたんだけど、何人かを取り逃したんだ」
「逃した中には大物が一人いてね。どちらも野放しにすると危ないんだ」
「そうか」
二人は洞窟をじっと見つめる。見張りは立ててないようである。入り口は高さ六メートル程、横四メートルの大きさである。明かりはなく暗闇が続いているように見える。外から見ると人がいるようには見えなかった。しかし、オーランドが王都騎士隊の情報を疑うことはない。
「魔法が仕掛けられてるのか? 」
「うん。かなり強力だね。パッと見たところ隠蔽と侵入者に対する罠、それに外を監視する魔法かな。報告にあった物と同じだね」
「俺が前に出る。クレアは魔法罠を解きながら俺の補助を頼む」
クレアはオーランドは見つめて微笑んだ。
「何だ? 」
オーランドはクレアの微笑みに怪訝な表情を返した。
「いや、この感じが懐かしくてつい、ね」
「そうか? つい最近も一緒に仕事したと思ったが」
「もう一カ月以上前のことだよ」
「そうだったか」
「そうだよ」
しばし不思議な沈黙が訪れた。むず痒くなったオーランドはさっさとこの仕事を終わらせることにした。
「敵に気づかれるのも時間の問題だろう。さっさと終わらせよう」
「そうだね」
二人は洞窟へと走り出した。
オーランドが前を走り、敵を見つけ次第倒していく。後ろから走るクレアは魔法で罠を解除していく。
二人が洞窟内入ってから一分とたたずに洞窟攻略を終えた。
「さすが剣聖だね。あっという間に終わっちゃったよ」
クレアはオーランドに労いの言葉をかけようと近づく。するとオーランドがまだ警戒を解いていないことに気づいたクレアは即座に戦闘体制に入る。
オーランドは空気の流れから敵がまだ一人いることに気づいた。姿は見えず、足音もなく息遣いも聞こえないのでソフィアを襲った連中を思い出していた。
「そこか! 」
オーランドは敵の居場所を察知し、殴った。
「うっ」
オーランドの拳を顔面に受け吹っ飛んでいく。気絶し魔法が解けたことで姿があらわになったが、男であったが性別以外ソフィア襲撃犯と一致する特徴はなかった。
「これで終わりか? 」
「うん。確認したところ逃した一味は全員いたよ」
「なら帰るか」
オーランドは一味の残党を縄で縛り上げていく。
「やっぱりオーランドは頼りになるね。オーランドが王都騎士隊にまだいたらこいつらを逃すことはなかったのに」
クレアは俯き暗い顔をした。
「俺一人の力じゃ逃していた。コイツらを今日捕まえられたのはクレアがいてくれたおかげだ。ありがとう」
その言葉にクレアは笑顔を取り戻した。
「ふふ、私達って相思相愛なんだね」
「かもな」
オーランドはクレアの言葉を冗談と聞き流し縛り上げた奴らを引き摺りながら洞窟を出るために歩き出す。
「連れないなぁ」
クレアはその後を軽い足取りで追っていく。
――男が使った魔法は組織が販売している非合法の魔道具の力らしく、高値ではあるが誰でも手に入るらしい。ソフィア襲撃犯の奴らも同じ魔道具を使ったのだろうと証言していた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます