剣聖は暗殺者に狙われる

  オーランドはここ数日のパトロール中また視線を感じるようになった。今度も女性であった。尾行には慣れているようだが、相手の姿を視認することができた。


 身長160cm程度。年齢は二十代前半に見える。茶色のロングヘアーで目の色も茶色。目鼻立ちが整った美人である。


 オーランドはレイラのことがあるので相手が組織の者かどうか確信を持てなかった。無理に拘束に動いて変態呼ばわりされるのもごめんであった。


 オーランドを尾ける女性の正体は賞金首の暗殺者パドマ・ペレスである。彼女はオーランドを暗殺する為に尾行をしていた。彼女は標的を観察して情報を集め、暗殺する計画性の高い暗殺者であった。


 オーランドを暗殺するのに適した計画をいくつか組み終えたパドマは実行に移すことにした。


 プランA――オーランドは本屋へ寄ることが多い。その本屋で偶然手と手が重なり合うシチュエーションを演じる。ただ触れるのではない。遅効性の毒を塗った針をぷすりと刺すのである。この毒は特殊で遅効性でありながら猛毒。死ぬ直前まで症状が出ることもない極めて暗殺向きの毒。国に使用と製造を禁止されている危険物である。


 プランAを実行するため、オーランドの後を追って本屋へ入る。オーランドの動きを集めた情報を元に先読みしながら、自然と手を重ねられる瞬間を待つ。


 オーランドが棚から本を取り出そうとしたその時、自分の手をタイミングよく合わせる。このままいけば二人の手は重なり合う。勝利を確信した0.1秒後、パドマの手はオーランドの手をすり抜けて本に届いた。


 ( ? )


 パドマは不思議に思った。透過の魔法でも使ったのかと。しかし、ここ数日魔法どころか魔力を使ったことは一度もなかったはずである。


 情報との違いに困惑しているパドマの横で、オーランドは手に取ろうとした本とは違う本を読んでいた。


 オーランドは彼女の手に触れることを察知した瞬間、凄まじい速さで手を退けた。この一瞬の出来事がパドマの目にはオーランドの手をすり抜けたように見えたのである。


 オーランドはレイラのことがあってから女性との距離には敏感になっていた。特に接触に関しては極力しないよう心がけていた。たとえ日常生活でも気は抜かなかった。


 オーランドはレイラの変態野郎呼びにトラウマを植え付けられていた。しかも触れそうになった相手は自分を尾行していた人間である。過度に警戒するのも仕方がなかった。


 パドマは今日の襲撃をやめて、情報収集を再開することにした。


 ――数日後


 この数日オーランドから魔法の気配を感じなかった。やはりあれは見間違いだったと考えて次の作戦に移行することにした。


 プランB――オーランドに道を案内してもらう。案内してもらう際に少し近くに寄る。オーランドを褒めつつ体を密着させて毒針を刺す。


「あの〜、騎士様」


 パドマはパトロール中のオーランドに近寄っていく。


「何だ? 」


「道に迷ってしまいまして、宜しければ案内していただけませんか? 」


 パドマはできるだけ丁寧にお願いした。


「わかった」


「ありがとうございます! 」


 パドマは今度こそもらったと思った。


「ただし、俺の前を歩いてもらう」


「……え? 」


 パドマは呆けた声を出した。


「後ろから俺が道順を教える。あんたはその通りに進んでくれ」


 オーランドは接近することさえ恐れていた。


「……え? 」


「まずはこの道を真っ直ぐだ。行ってくれ。大丈夫だ途中で帰ったりしない」


「あ、はい」


 オーランドの警戒心はパドマが思った数倍高かった。暗殺を成功させるためにも計画の練り直しをすることにした。その後一応何度か接近を試みるも一定の距離から近づくことはなかった。ただ道はちゃんと最後まで案内してくれた。会話もちゃんとしてくれた。


 このままでは終われないパドマはプランCに切り替える。


 プランC――オーランドがよく行くバーにて逆ナンを行い、飲み物に毒を仕込む。


 オーランドがバーにいることを確認したパドマはオーランドに飲み物を持って近づいていく。オーランドはカウンターに座って静かに酒を飲んでいた。


「騎士様〜。昨日は道を教えていただきありがとうございました」


 パドマはオーランドの隣に座る。オーランドは自分の体を抱くように身を捩る。


「礼には及ばない。職務を遂行したまでだ」


 警戒されていると察したパドマ。慎重に自分が持つ毒入り酒とオーランドが持っている酒を交換しようとする。オーランドに可能な限り近づき視界を自分だけにする。自分に意識を向けさせることで酒に注意を向けない作戦である。


 作戦実行の為、オーランドに今よりも近寄ろうとすると瞬間移動をしたかの如く音もなくパドマから離れた席に着いた。


 その後も近寄っては遠ざかってを繰り返す二人。


 この計画が失敗したと悟ったパドマは対男性用の切り札色仕掛けをすることにした。どんなに警戒していようとこの手に乗らなかった男はいない。


 こんなこともあろうかと露出が高めの服を着てきたパドマはオーランドの前に出て胸を寄せて強調しようとすると、オーランドは一瞥もせずに瞬間移動した。


 今度は足をオーランドの目の前に出そうとすると、またまた瞬間移動をする。


 強調する部分を変えながらアプローチするも視線を向けることなく瞬間移動していく。


 イライラが募ったパドマは一度深呼吸をしてこの場を去ることにした。計画の練り直しをする為である。


 帰宅する為、バーを出ると金髪の女性が立っていた。オーランドの調査していたパドマは彼女のことを知っていた。彼女はエレナ・リベラ。オーランドの部下である。


「あなたは指名手配犯のパドマ・ペレスで間違いありませんね? 」


 エレナは手配書をパドマに見えるように広げる。


「何のことかしら〜? 」


「とぼけても無駄です。あなたの事をハワードさんに命令され調査させていただきました」


 エレナは手配書をしまい今度は小瓶を一つポケットから出した。


「あなたが泊まっている部屋から発見されました。瓶の中を調べた結果、遅効性の毒であることがわかりました。それも一滴で人を死に至らしめるほどの猛毒です」


 弁明が不可能だと判断したパドマは手を上げて降参の意を示した。


「いつから気づかれていたのかしらね〜」


「最初からだと思いますよ」


 エレナはパドマに手錠をかけて事務所へと連れて行った。


 パドマはふと立ち止まり一度バーを振り返った。


「少しくらい、靡いてくれても良かったのに。自信無しちゃうな〜。彼は普段からあんな感じなの? 私が調べた限りでは色仕掛けが通用すると思ったんだけどな〜」


 エレナは答える必要はないと思いつつもオーランドの名誉のため色仕掛けには屈しないことは伝えておくべきだと思った。


「ハワードさんには色仕掛けは通用しませんよ」

 (あの人は少女が好きですからね……)

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