剣聖は王子の護衛をする
王子護衛の日が来た。王子はお忍びの訪問ということで最小限の護衛だった。
「殿下、お久しぶりでございます」
オーランドは変装している王子を一発で見抜いて挨拶に伺う。周囲に怪しまれない程度に畏る。
「オーランド! 君が来てくれて心強いよ」
「身に余る光栄でございます」
「そう畏まらないでくれ。僕と君の中じゃないか。いつも通りに接しておくれ。それに今は王子じゃないしね」
王子は快活に笑いながらオーランドの肩を叩いた。
「そうさせてもらう。どうも俺には似合わない」
オーランドは王子の言葉に甘えていつも通りの態度に変えた。
「今日は何しにここへ? 」
「アートが誘ってくれてね。何でも王都にも負けないいい店があるんだとか」
アートとは王都騎士隊の騎士団長アート・ジョーンズのことである。彼は王子が幼い頃から交流を持っており、彼らは年は離れていても親友と呼べる間柄であった。そして、オーランドにとってアートはモテる上での反面教師的な存在でもあった。
「それは何の店だ? 」
「それはもちろん。キャバクラさ」
「はぁ」
オーランドは大きくため息をついた。オーランドがアートを反面教師としている部分はこういったところであった。
騎士団長のアート、クレアと合流してキャバクラへと向かった。オーランドは周囲の気配から護衛がちゃんと着いていることを確認できて安心した。
ラタエ西側に着いた一行。ここは朝は静かなところだが夜になると騒がしくなるエリアである。酒が入っている人間が多いので揉め事も多い。夜間業務に着く騎士の中にはパトロールの時間を全てここに費やす人もいる。
「どこに行くかは知らないが今はやってないんじゃないか? 」
オーランドはアートに疑問を投げかけた。
「アポはとってある。それにここの夜を王子に出歩かせられんだろう」
アートは大柄な人物で、オーランドよりも頭一個分大きい。体格にも恵まれていて肉弾戦ならオーランドを除いて勝てる奴はいない。坊主頭に切り傷だらけの顔は人々を恐怖させる。騎士団長というより犯罪者のボスの顔つきである。
「それもそうだな」
目的の店に着いた四人。黒を基調とした外装で高級感漂う店である。店の名前が大きく書かれている。店名はRose《ローズ》。黒の壁に目立つように白色で描かれていた。
中に入ると、店内も外壁と同じく黒を基調としたな内装であった。またテーブル席一つ一つの頭上にはシャンデリアがついていた。
「お待たせしました。こちらへどうぞ」
二人の女性が出迎えにきた。どちらも露出度の高いドレスを着ていた。しかし、決して下品というわけではなかった。それぞれアートと王子の隣に寄り添って席まで案内して行った。
オーランドとクレアはアートと王子が座った席の近くに立つ。護衛任務の為酒を飲むわけにはいかない。また、いつでも戦闘に入れるよう立つ。ただアートは護衛をする気があるのかキャバクラ嬢を両脇に侍らせて酒を飲んでいる。
オーランドはアートを羨ましいと思う反面、隣にいるクレアのアートに向ける軽蔑の視線を見るとああなってはいけないと思った。
「オーランドはよく来るのかい? 」
「パトロール中に通ることはあっても中に入るのは今日が初めてだ」
「そうなんだ」
クレアは顎に指を添えて考えこむ。
「じゃ、この中の女性で一番好きなタイプは誰? 指差して見てよ」
オーランドは迷わず隣にいるクレアを指差した。
「クレアだな」
オーランドはキャバ嬢を口説く大変さを知人(主にアート)の体験談で知っていた。そもそも恋愛指南書「モテない男が彼女を作る方法」には、キャバ嬢はこちらを客としか認識してないので口説くのは恋愛初心者の君たちは諦めろ、財布になるだけだと書いてあった。
そのため、キャバクラで働く女性はオーランドの口説く対象に入らない。彼女いない歴=年齢の男が相手にできる人達ではないのだ。
その点、同じ口説く対象ではなくともクレアの方が断然良かった。クレアのことは付き合いが長いこともあって色々知っているし、好感度も高い。クレアが女性好きでなければ口説いていた。
「即答かぁ……照れるなぁ」
クレアは赤くした顔をオーランドから背けた。
――オーランドは誤解しているが、クレアはオーランドのことが好きなのである。クレアはオーランドから告白してくれるのを待っているので、オーランドが告白さえすれば即交際なのである。ただオーランドには告白なんて簡単にできない。だから彼女いない歴=年齢なのである。
王子とアートはキャバクラを充分楽しんだようで、店を出る。アートは女性にキスをしようとして軽くあしらわれていた。王子は笑顔で手を振って、女性達はそれに笑顔で応えていた。
店の前には馬車が止まっていた。王子が酔ったアートを馬車の中に入れていく。その後をクレアが続く。クレアが馬車に乗る前に振り返ってオーランドに向けて手を振った。
オーランドは手を振り返してクレアが馬車に乗るのを見届けた。クレアが女性好きではなかったらと思わずにはいられなかった。
――後日、キャバクラから領収書が事務所に届いた。オーランドは二度とアートをこの町に踏み込ませまいと思った。
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