剣聖はパーティーに浮かれない

オーランドはアンスリウム地区を治める貴族が主催するパーティーに護衛任務として来ていた。

 

「ハワードさん! お久しぶりです」


 壁際に佇むオーランドの元に女性がやってきた。身長は150cmあるかないか、髪はボブカットでレモンのような鮮やかな髪色である。ぱっちりと開かれた強い赤みの黄色が特徴の瞳は活力に満ちている。記者のレノア・コールマンである。


「久しぶりだな。元気にしていたか? 」


「はい! ハワードさんは? 」


 相変わらずの元気さにオーランドまで元気になる気がした。


「まあ、それなりにな。コールマンは取材で来たのか? 」


「はい! 私の地元なので。ハワードさんは? 」


「護衛依頼だ」


「そうでしたか! 」


「仕事で気は抜けないと思うが楽しんでくれ」


「はい! また取材させてくださいね! 」


 レノアはオーランドの元から去っていき、主催者の元へ赴く。アンスリウム卿は気さくな方で昔ながらの選民思想は持ち合わせていない。だからこそ、民主化が進み、地区の統治者を選挙で決めるようになってもこの地区一帯の統治を民衆から任されたのだ。


 一人になったオーランドは壁際から女性達を眺めていた。


 身分差がなくなってきているとはいえ護衛対象は貴族。ましてやこの地区で一番偉い人となると、気を抜けないのである。彼はただ見目麗しい女性達の姿を見たり、ダンスを踊る男女に嫉妬の視線を向けるだけであった。


 オーランド自身が女性に誘われないのは騎士であり、職務中だと誰もがわかる格好だからである。この地区の騎士特有の紺色の制服に剣を腰に下げている人物は皆避けられている。騎士の男達は全員ダンスを踊る男達に殺気を飛ばしていた。


 オーランドがふとレノアを見かけると何やら数人の女性に囲まれていた。常に活力に満ちているレノアの顔が引き攣り曇った笑顔をしているのが気になり、聞き耳を立てる。


 オーランドがその気になれば会場全体のすべての会話を聞き取れる。女性が絡んでいること限定だが。


「へぇーアンタがイーグル社の記者〜」

 

「あんたにピッタリじゃない」


「うんうん。好奇心? おーせー? なアンタには天職じゃない」


「はは、ありがとう」


「今日は取材できたの? 一人で? 」

 

「えっと、まぁ」


「でも、もう取材終わったんでしょ〜」


「……うん」


「じゃあ、せっかくのパーティー楽しまないとね〜」


「そうだ! 男性をダンスに誘ってみましょうよ! 」


「えっと……私は」


「色んな男を知るのも好奇心を刺激していいんじゃないの? 」


 ここでオーランドは動いた。今ナンパすれば勝機があると。仕事中の彼がナンパして良いのか? 彼は恋愛指南書「モテる男の流儀」に書いてあることを思い出していた。そこには仕事と女性どちらを取るべきか、迷っている時点でナンセンスだと。何のためにこの本を手に取ったのか。モテたいからだろ? と。迷わず女を選べ! と力強く書かれていた。


 オーランドは給仕にスーツ一式を持ってきて欲しいと頼んだ。給仕は一礼した後すぐにスーツを持ってきてくれた。


 オーランドはトイレへ行き即座に着替え、できる限り身綺麗にしてからレノアの元へ歩き出す。


「あっ、あの男なんかいいんじゃない? アンタの好みと離れているから好奇心が疼くでしょ? 」


「いや……私は」


「ついでに年も離れてていいじゃん」


「歓談中失礼する。あまりにも綺麗だったので声をかけてしまった。良ければ一曲踊ってくれないだろうか? 」


 レノアとレノアを囲む女性達の中へ声をかけていったオーランド。普段以上の大胆な行動に心臓はバクバクだが、自慢のポーカーフェイスが周りに動揺を悟らせなかった。


 皆が驚いて固まっている中、ゆっくりとレノアに近づき手を差し伸べる。


 レノアは驚きながらも、その手を取る。そして小さな声で「はい」と返事をした。


 パーティーも終わりに近づきいてきた頃、オーランドとレノアは屋敷の裏庭にいた。一曲、二曲と踊った後、レノアに連れられて裏庭に来たのである。


二人は設置されている長椅子に腰掛けていた。


「さっきはありがとうございました」


「何のことだ」


 レノアはどぼけてくれたんだと考えたが、オーランドは本当にナンパしただけで何もわかっていなかった。


「あの人たち、同級生だったんです。大人になっても変わらずイジってきて、ほんと、どうかしてますよね? 」


「そうだな」


 何のことか未だにわからないオーランドはとりあえず頷いておくことにした。女性の話には必ず頷く。これはオーランドにとっての鉄則であった。


「確かに私にもダメなところはあったかもしれません。でも、それを大人になっても蒸し返すことはないと思うんですよね」


「そうだな」


「第一あんなお化粧臭い格好で男でも捕まえにきたんですかね? 私、踊っている最中チラッと見たんですけど、全然男に相手にされてませんでしたよ。正直スカッとしました」


「そうだな」


「ぶっちゃけ私の方が可愛いですよね? 」


「そうだな」


「……えっ?」


 オーランドはちゃんと話を聞いていた。レノアの方が可愛いと思ったからレノアに声をかけたのである。何の話をしているのがはわからなくてもそれだけは確かであった。


「その……えっと……あはは、困ったな……」


 レノアは顔を赤くさせて、頬をかいている。

 二人の間に沈黙が続いた。

 レノアが口を開いた。


「えっと……その……ハワードさん的にはその……私って……その……アリ……なん、ですか? 」


 何がアリなのかわからかったが、オーランドは頷くことにした。大方自分のことを例えるとアリだと思いますか? みたいな質問だと思った。小柄で力強いところは、そうかもしれないと思った。


オーランド的には犬のイメージだったが女性が聞いたことは基本的に肯定しか許されているないことを、同僚の家庭環境から知っていた。


「ああ」


「そ……そうなんだ」


 ますます顔を赤くさせるレノア。レノアが何かをオーランドに向けて言おうとした時、オーランドの頭がガクンと動いた。


「えっ! 」


 レノアは驚いた声を出し、すぐにオーランドを心配して近寄った。


 オーランドは頭を抑えて後ろを振り返った。


「何のつもりだ? アメリア」


「いえ、何。護衛をサボって女の子とよろしくしているバカな男がいたものだから、つい、ね」


 アメリアの目はいつも以上に吊り上がっていて、どれだけ怒っているかオーランドにもわかった。こればかりはオーランドに非があったので魔法を撃たれたことに関しては何も言わないことにした。


「そうか。それはすまない。すぐに戻る」


「必要ないわよ。もうパーティー終わったもの」


「そうだったか。ではまたな、コールマン。俺はスーツを返して来る」


「あっ、はい。また」


 レノアはオーランドとアメリアが去っていく後ろ姿をぼんやりと眺めていた。

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