第3話 ダンジョン神との邂逅

 宙に浮かぶ青年は微笑む。その顔は美しかったが、頭から生える二本の角がこの世の人ではないことを示していた。


「僕はミノス。君たちの神話から生まれた伝説の王だよ。世界豪」


「何で俺の名前を知っている!」


 豪の目が驚きに見開かれる。


「君はスライムを倒し、ステータスを得て冒険者になったからね。冒険者になった人の事なら僕には全部分かるよ」

 

 ふわりと風が舞って、ミノスのローブが怪しくはためく。


「だけど、豪。君の事は冒険者になる前から注目していたんだよ。だからこうして話しかけに来た」


「なぜ」


 ミノスの言葉に豪は警戒する。尋常ではない神々しいオーラがミノスから放たれているのを豪は感じ取っていた。


「君は2年前に体調を崩したでしょ?あれ、強い魔力反応で覚醒の兆しだったんだよ。それで注目してたのさ。そしたらまさか、水、火、風、土の四大属性―つまりは全ての魔法属性に適性があるとはね。ダンジョンの出現場所は迷ってたけど、君の近所に1つ作ってよかったよ」


「あれはメニエール病じゃなかったっていうのか?そもそも、なんでダンジョンを作った?」


 豪の頭の中にたくさんの疑問符が浮かぶ。何より2年前に体調を崩したということを知られていることに驚きを隠せなかった。


「ギリシャ神話が廃れてきて、神ではない僕の力はだいぶ落ちてね。だから現代版の迷宮めいきゅう、ダンジョンを作ってダンジョン神として顕現しようと思ったんだ。僕はテセウスの神話、ミノタウロスの迷宮めいきゅうにまつわる王だからね」

 

 クルリとミノスは宙で一回転してヘラッと笑う。


「僕はゼウスの息子だし冥界の審判官も務めていて顔が広いからね。オリンポスの神々の力を借りられていい感じに出来上がりそうだよ」


―ギリシャ神話の神ゼウスの息子でオリンポスの神々の力を借りてダンジョン神になるだと?しかし、こいつが神に匹敵する不思議な力があるのは本当らしい。俺の事を知っていたし、それに。


 豪はちらりと周囲を見やる。他の人たちは俺たちの事など眼中にないようにスライムを狩り続けていた。


―あんなに纏わりついてたスライムはちっとも襲ってこなくなった。

 俺たちだけスルーされているみたいだ。


 豪は構えていたバットをおろして、再びミノスに視線を戻す。


 フフフッとミノスは豪の反応に不敵に笑った。


ゼウスに頼んで皆に暗示をかけてもらったから、ダンジョン攻略は活発になるよ!1年もあれば経済圏も確立するだろうね。僕はそれを見るのが楽しみだ♪ダンジョン神として崇められるのもね♪」


 暗示、と聞いて豪は自衛隊員がすんなりスライムの元へ案内してくれた事を思い出した。


「なあ、ミノスとやら。自衛隊員にも暗示ってかけたか?」

 

「もちろん、かけたよ。今日はお試しだったんだけど、暗示が効く前にあっという間に組織が機能しちゃったから手を焼いたよ。政府組織と民間人の兼ね合いは難しいね。僕はダンジョンを全人類に普及させたいからさ」


―なるほど、今日の出来事は試運転だったわけか。暗示はそれなりに効くらしい。1年も経てば経済圏の確立っていうのもホラじゃないかもな。

 

「なあ、ダンジョンにはモンスターがいるんだろ?殺されるってことはあるのか?」


「あるに決まっているよ。冒険者が掛けるものは命、その対価に財宝とチカラが与えられるお約束なんだからね。財宝の一つはポーション。君もゲットしたやつさ」


「これか」


豪はポーションをポケットから取り出して見せる。


「そうそう、それ。ダンジョン内じゃないと名称は出ないけど特別に教えてあげるよ。それはヒールポーションⅠ。指の欠損や軽い裂傷ぐらいなら治してくれる駆け出しには必須のアイテムさ」


 クルリと回ってミノスは再び豪を見た。


「それじゃあ挨拶も済んだし、質問タイムはそろそろ終わろうか。僕は日本の偉い人たちに会いに行って『ダンジョンに取り込まれた人は帰宅して無事です』って伝えなきゃだからね。そういうわけでハイ、最後の質問をどうぞ」


―最後の質問か。どうする?何を聞く?


 豪はしばし沈黙する。そして口を開いた。


「これからもダンジョンからモンスターが地上に溢れるってことはあるのか?」


 これは聞いておかなくちゃならない。大災害が起こるかどうかが決まるのだから。


「あるよ。でも、スライムだけね!攻略しなかったら出てきちゃう形にするよ」


 パチンとミノスはウインクした。

 スライムだけ、という言葉に豪はホッとする。

 

―モンスターが地上に溢れて人々が殺戮される、なんてことはなさそうだ。それにしてもスライムだけ、ね。始まりに相応しいじゃねえの。世界はファンタジーになるんだ。


 豪は微笑んだ。世界が変わる予感に心がときめいていた。


「そうか、分かった。じゃあ、俺からも最後に一つだけ」


「何かな?」


「ダンジョンを作ってくれてありがとうな」


 その言葉にミノスは肩を揺らしてフッと笑った。ミノスはとても上機嫌な気持ちになった。


「豪ならそう言ってくれると思ったよ。じゃあ、お別れに豪にはとっておきのプレゼントをあげる。豪は世界が憎いなんてよく言ってたけど、これからは世界が大好きになるかもね」


 パチンとミノスが指を鳴らす。手につけていた指輪から赤い光が放たれて、それは豪の家の方角へ飛んで行った。


「家に帰ったら庭を見てね。それじゃあ、バイバイ!今度はダンジョンで会おう!」


 ザアッとブーツから風が舞ってミノスが姿を消す。すると、スライムたちもスッと姿を消していった。


「俺の底辺生活を見ていたミノス王、いやダンジョン神か。なかなか面白い神様じゃねえか」


 豪はこれから世界が激変する予感に胸を高鳴らせた。


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