あっけない終わり
ほんや
あっけない終わり
あっけない終わりを見た気がした。
昨日の昼下がり。たまの運動にと思って行った公園で、私は休憩していた。
穏やかな天気で、晩夏の爽やかな風に揺られながら、ベンチに座り込んでいる。残念なことに私には体力がなくて、徒歩十分程度の公園に行くまでにすっかりバテてしまったのだ。
流れていく雲を眺めながら、平日の昼間にしては子供が多いな、とか、虹の麓には何があるのだろうか、とか、とりとめもないことを考えていた。遠目に見るだけだったが、子供が走り回っていて元気だなぁとかも思ったりもした。疲れていたからなのか、くだらないことばかり考えながらボーっとしていたのだ。
そのベンチは小高い丘の上にあって、公園を見渡すことができる。目をこらせば海も見えて、子供のときからの私のお気に入りの場所だ。階段が一つしかない上に植物に侵食されてきていて、登りにくいのが玉にキズだが。
ふと、下を覗き込んだ。なにか足元で光ったような気がしたのだ。なんとなしに拾い上げて、顔の前までつまみ上げてみる。それは何かの鍵だった。アンティーク調の鈍い金色に輝く鍵だ。持ち手には緑色の透き通った石がはめ込まれている。
いまだ働いていない頭でそれをぼーっと眺めている。チクリ、頭の裏あたりに刺激が走った気がした。
ふっと、風が吹く。
「すいません!」
焦って、息切れをしている声だ。いきなり響いたその声に、思わず鍵を取り落としそうになる。あたふたと跳ね上がった鍵をなんとか手の中に収めて、恐る恐る振り返る。このときの私はとっても間抜けな顔をしていたに違いない。
一瞬、私は大きく肩を上下させている、階段横のフェンスに手をかけている少年を幻視した。ファンタジーの飛行船にでも乗っていそうな不思議な格好をした少年だった。レザーの防風メガネが陽光を眩しく照り返している。その時は右手をこちらに伸ばして、必死な形相をしていたように思う。
でも、実際には何事もなかったように穏やかな風が吹いているだけで、一人、おかしな表情をしている私が残されていた。
手の中に収まった鍵を眺めている。寝ぼけていた頭もすっかり起きてしまっていた。立ち上がってググッと伸びを一つ、あくびをしながら階段の方にのそのそと歩いていく。また、チクリと、頭に刺激が走ったような気がした。
なんとなく、本当になんとなく、さっき伸ばされた手のひらの位置に鍵を置いてみる。
唐突に、誰かの顔が脳裏に浮かんだ。誰だったか、思い出せないが、それが満面の笑みだったことだけは確かだった。
ふっと意識を取り戻したとき、私はベンチに座り込んでいた。寝ぼけ眼をこすりながら、バッグの中で震えて主張するスマホを取り出す。ろくに確認することもなく緑の光るボタンを押し、耳元に押し当てる。
「もしもし……」
「姉ちゃん!」
寝起きの頭に爆音が響く。本能的に耳元からスマホを離して、まじまじとスマホを見つめた。弟から電話がかかってきていた。スピーカーから響く声を聞き流しながら辺りを見回すと、遠くには夕日が滲んでいる。
数秒、ぼんやりとそれを眺めると、電話に戻る。
「……ねえ、聞いてる? 姉ちゃん?」
「ああ、うん、聞いてる。もう帰るよ。ご飯には間に合うって伝えといて」
「え、ちょま」
有無を言わせずに会話を打ち切ると、バッグの中にスマホを放り込む。
ベンチから立ち上がると、また一つ、大きなあくびをする。特に何事もないまま、私は帰路についた。帰ったときの私がどことなく満足げな表情だったとは弟の談だ。
たまたまなんだろう。あの公園のあの時間に偶然私がいた、それだけで何の特別なものも私にはない。
私はただの、どこにでもいる変人だ。
私の物語はあっけなく終わったのかもしれない。たった一つ、鍵を手渡すだけの端役でしかなかったのかもしれない。
それでも、私は何か、壮大な始まりに出会ったような気がしたのだ。
あっけない終わりが誰かの始まりになれたのなら、それがなんとなく、私は嬉しいのだ。
あっけない終わり ほんや @novel_39
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます