第13話
強烈な平手打ちだった。
幸は赤くなった手の平を隠すように握り締め、胸元に当てていた。幸の母は叩かれた頬を押さえ、ただ呆然と幸を見つめていた。
二人は一言も発することなく、見つめあっていた。
ただ混乱していた。目の前で起こっていることを理解することが出来ずにただその場面を見つめていた。
足元には平手打ちをしたときにこぼれた買い物袋の中身が散らばってる。
強い意志の光りが幸の瞳に宿っていた。ついこの間まで、死んだように眠っていたのが信じられない。
何が幸をここまで変えたのだろうか。何が幸を支えているのだろうか。
幸の姿から目を離せずにいた。このまま永遠に別れるはずだったのに、縫い付けられたように足がその場を離れようとしない。視線が幸から離れようとしない。
もうここにいてはいけない。幸のそばにいたら、きっと幸を傷つけてしまう。
もう幸は一人で歩ける。幸はもう未来を見ている。その先にある光を。
――そのときだった。
胸元に当てた手を、幸はゆっくりとお腹のほうへ持っていった。優しく包み込むようにお腹を抱え込み、幸は何か一言、小さく呟く。
なにを言ったのかはわからなかった。耳には何の音も届いてこない。届いているのは目の前の光景だけ。
そこにあるのはただ、お腹を抱え、小さく震える幸の姿だけだった。
考えてもみなかったことが頭をよぎった。
――幸が抱えるもの、幸を支えるもの。
すぐにそれは確信に変わり始める。ある日を境に変わった幸。未来に光を見出した幸。前を見つめる幸。
そして、今、必死で何かを守ろうとしている幸。
もう、それ以外考えられなくなっていた。
――幸の腹には、子がいる。
唖然と幸を見つめる母親に、幸は俯いたままで告げる。何も聞こえてこなくてもそれが、目前の女との離別の宣告であることはすぐにわかった。
地面に散らばった、買い物袋の中身を拾って、幸は背を向け歩き始めた。
幸の歩みに引っ張られるように、足を進めた。
それが過ちであることはわかっていた。わかっていても止めることが出来なかった。
固めた決意が崩れるのは一瞬だった。
離れる前に、せめて、生まれてくる子をひと目みたい。そう思った。
――そう思ってしまったのだ。
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