第11話
じっとりとした汗の浮かぶ額を拭って、私は照りつける日差しを見上げた。夏休みも半ばを過ぎ、小麦色に肌を焼いた少年達が水鉄砲を片手に走り回っている。
痛む足を引き摺り、私はすぐ傍のベンチに腰掛けた。さして長い距離でもなかったが、なぜか、私の足はひどく痛みを訴えた。特にぶつけた記憶はないが、妙に右足が痛む。
日陰の中にあったベンチはひんやりとしていて、気持ちがいい。傍らにある買い物袋から、ペットボトルのお茶を取り出して、一口飲む。緑茶の後から来る苦味が舌に広がる。
買い物の帰り道にある小さな公園で、私は少しの休憩を取っていた。私の隣には、買い物袋がおとなしく座っている。
ポケットから、ハンカチを取り出して、もう一度額の汗を拭う。
空を見上げると、空の青を掴まんとする木の枝が、照りつける強烈な日差しを遮ってくれる。木の枝のどこかに隠れているのだろうか、蝉の声があちらこちらから聞こえてくる。
ベンチの前に少年が走ってくる。ベンチ前に作られた水道で、空になった水鉄砲に水を注いでいる。その隙を狙って、他の子供が、少年のお尻目掛けて、水鉄砲を発射する。
膨れっ面になって、お尻を水浸しにした少年が、水が注ぎ終えるやいなや、仕返しする。水道からは細い流水がこぼれ落ちていた。
水分を含んだ涼しい風が、体を撫でた。子ども達の声も、風に唸る木の葉の声も、蝉の鳴き声も、道路をのろのろと走る自転車の車輪の軋みも、疲れた私の体を癒してくれた。
私は買い物袋を持って、立ち上がった。まだ少し足が痛むが、だいぶよくなった。私は正面の水道の前を通って、ついでに流れっぱなしの水道の栓をきちんとしめてから、公園を後にした。
――日傘でも買おうか。そんなことを考えてしまうほどに、今年の夏はひどく暑い。
遠ざかる子ども達の声に軽く耳を傾けながら、家路を急ぐ。夏は油断大敵、買ったばかりの野菜が傷んでしまう。早く帰って、冷蔵庫に詰め込まないと。家まではまだ少し距離があるんだから。
正面から軽トラックがゆっくりとしたスピードで向かってくる。クーラーの効いた運転席で、気楽にしている姿がほんの少し羨ましい。
通りやすいように道の左側に避けて、立ち止まる。通り過ぎたと同時に軽トラックから吐き出される熱気にうんざりしながら、見えない排気ガスを手で軽く払う。
うんざりしたついでに、もう一つ、うんざりすることを思い出した。
今朝も母さんから電話があったのだ。あの人が亡くなってからほとんど毎日かかってくる。耳を塞いで眠った振りをしても、耳に入る電子音は頭の芯を揺さぶり、私を苛立たせる。
居留守を使って、電話に出ないでいると、自動的に留守電に切り替わって、メッセージを残すのだ。母さんはいつも決まって、いつ帰ってくるのか、早く顔を見せなさい、お金は大丈夫か、心配しています、と言った内容のことを録音に残していくのだ。
――母さんが私を心配しているはずがない。母さんはただ、私が母さんのそばにいないことが不満なのだ。母さんは私を所有していたいだけなのだ。
子供の頃からそうだった。友達の家に行く時も、何時まで、誰と、どこで遊ぶかを言わないと、外に出してはくれなかった。高校生の時に買ってもらった携帯電話も、周りのみんなはおもちゃのように扱っていたけど、私にとっては半分手錠のようなものだった。
帰ったらきっと、またメッセージを残しているだろう、考えるだけで、またうんざりする。
容赦なく照りつける太陽の光に逃れるように、私は日陰に沿って、早足に家路を急いだ。
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